喜んでくれた?


思い付きはほんの気紛れ。

とある休日、シゲの部屋へ行こうと家の玄関を出る。その時、ふと庭に咲いている色とりどりの花たちが目に留まった。母さんや祖母ちゃんが一生懸命世話をしているそれらを、普段は気にする事もなく通り過ぎて行くけど、今日は何となく目に付いた。そして思い付いた。

これから行く、あいつの部屋に持って行ってあげようかと。

古びた寺の一角のある、あの殺風景な部屋。狭くて古くて、本当に必要最低限の物しかない割りには、いつも脱いだ服やら雑誌やらがその辺に散かっていて、雑然とした印象を与えるあの部屋。勿論、部屋を飾る装飾品など何一つない。

自分も特にインテリアに興味があるわけではないけれど、あの素っ気無いばかりの味気無さはどうかと思う事がある。花でも飾れば、あの色のない空間も少しは明るくなるんじゃないだろうか。

気紛れにそんな事を思い付いて、丁度庭に居た祖母ちゃんに声を掛けその辺に咲いていたのを選んで切った。自分の家の庭ながら数多くの種類の花があるので、色合いはどうだろうとかもう少し量があった方がいいかとか、何時の間にか結構真面目に考えていた。赤がもうちょっとあった方がいいかなと思った所で、彼女にかい?と祖母ちゃんから聞かれて我に返る。あのシゲ相手に、シゲに上げるのになんでこんなに真剣にならなきゃならないんだ、と。にこにこ笑う祖母ちゃんに乾いた笑いを浮かべながら、彼女じゃないよ、と否定を返した。心の中で、彼氏だけど、と付け足して。あんなんでも、一応。

チラシ広告で適当に包んだ即席花束を持って、シゲの部屋へと向う。紙からはみ出している黄色いのを見ながら、少し後悔し始めていた。俺がシゲに花を贈るなんて、似合わない事甚だしい。余りにも変な思い付きだっただろうか。

シゲ相手ならきっと食い物の方が喜ばれるだろう。かと言って、これからどこかへ寄るのも面倒だし、花を道端に捨てて行くなんて事も可哀想だから出来ない。そんな事を思いながら、多少恥かしい思いを抱えて歩き慣れた寺への道を進んだ。


「…こんなもんでどうや?」
「いいんじゃない、別に。大分小さくなったけど」
「それはしゃーないやん」
「まぁな」
「小さくなっても綺麗やん。こんなん置くの、初めてやし」
「だな。見た事ないし」

部屋に入るなり差し出したそれを、シゲは驚いた表情で受け取った。いきなりなんやの?と。見舞い?それとも今日ってなんかの記念日やったっけ?なんてとぼけた事を言って。

お前が病人じゃないのは分かり切ってるし、記念日なんて覚えてるキャラじゃないのはお互いに承知だ。単なる思い付きなんだから、あっさりと受け取れ、とぶっきらぼうに言ってやった。

そして少し考えれば分かる事だった。こいつの部屋には、花瓶なんて洒落た物はない。和尚に言えば借りるくらい出切るだろうけど、生憎出掛けていて不在。ならば、と花瓶の代わりに大きめのグラスを持って来て、それに花を入れた。俺が作った配色のバラバラな出来合いの花束。グラスに収まるように長さをかなりカットして。背の低い洋服ダンスの上に置いたそれを二人で眺めた。ちょこんと乗ったそこだけ彩りを持つ小さな代物が、なんだか部屋から浮いてて可笑しかった。

「でもなんでいきなり花なん?」

畳に胡座をかいて花を見ながら、もう一度シゲが聞いた。

「お前の部屋が余りにも殺風景で寒々しくて汚いからだよ。こんなのでも置いたら、少しはマシになるんじゃないかと思って」

シゲの隣りに座ってそう答えると、マイルームを酷い言われようや、とシゲが嘆く振りをした。マイルームとか抜かすなら、散かしっぱなし、物を置きっぱなしをなんとかしろ、と笑ってやる。

「でもま、確かに綺麗やし。ぱっと明るい感じにはなるな」

だろ、と相槌を打つ。自分の家にはいつも花が飾られていて見慣れた存在だけど、普段こんな物は置いていないシゲの部屋では新鮮に感じられるから不思議だ。

「で、たつぼん。これってなんて言う花?」
「…知らねぇ」
「なんや、自分ちに咲いてる花やろ。じゃあ、こっちのこれは?」
「…スミレ?」
「…いや、どっからどう見てもスミレちゃうやろ」
「じゃあ、何だよ」
「分からんから聞いとんの」
「…」
「…」

なんや、頼りないなーと金髪が呆れた声で言った。確かに自分の家の庭で咲いている花々だ。だけど興味がなかったから、花の名前なんて誰にも聞いた事がなかった。知ろうとも思わなかった。問われて答えられなかった事が悔しい。今日帰ったら、母さんか祖母ちゃんにしっかり聞いて、明日にでもシゲに偉そうに教えてやろう。

「やけど、さっきのたつぼん」

思い出したように笑ってシゲが言う。

「なんだよ」
「んー?さっきのたつぼん。いきなり花束差し出して何事かと思ったけど、自分、花似合うな。王子様みたいやった」

仏頂面してて機嫌悪いですー、の王子様やったけど、と可笑しそうに笑いながら付け足して。

「…王子とか言うな…。柄じゃねぇし」

笑うシゲに素っ気無く返した。王子なんて全く以って自分の柄じゃないし、仏頂面とか言うけどシゲ相手にニコニコ笑いながら花束なんて渡せるか。そっちの方がよっぽど気持ち悪い。

「やってたつぼん、見掛けが王子様キャラなんやもん」
「俺のどこかだよ」
「えー、全部」
「適当な事言うな。じゃあ百歩譲って俺が王子だとしたら、花を渡した相手のお前が姫かよ」

俺の言葉に二人で一瞬見詰め合った。目の前のこいつのお姫様姿を想像すると盛大に噴いた。自分で言っておきながら、こいつのどこが姫だ。こんなごつくて、ふてぶてしい姫が居て堪るか。

「えー、シゲちゃんって姫イメージなん?ちょう違う気もするけど、たつぼんの為なら…」
「いや、前言撤回。単なる言い間違い。イメージなんて全然ねぇから。俺の為を思うなら何もするな」
「でも王子様には姫さんが居らんと」
「だから王子なんてどうでもいい。そんなのどこにも居ないから」

自分ちの庭から切って来た花を、チラシ広告に包んで花束に仕上げる王子がどこに居る。そう言って二人で笑った。

一頻り笑った後、タンスの上のグラスに目を戻した。小さいけれどそこにある数色の彩り。この花たちが、少しでもシゲの殺風景な部屋を明るくしてくれたらいい。

水代えしっかりやって、なるべく長持ちさせるな、とやっぱり花に視線を戻したシゲが言った。

「せっかくたつぼんが、俺の為に一生懸命選んでくれた花やもんな」
「全然一生懸命じゃねぇし。適当だから」

少し本当で、大方嘘。思い付きは気紛れの適当だったけど、選んだ時は結構真剣だった。少しでも綺麗に見えるように。少しでも多くの色が入るように。

花選びなんて滅多にした事がない俺に、センス良く配色出来ていたかどうかは、自信がないのだけれど。

それでも、決してお洒落とは言い難い花束を差し出され驚いた表情を見せた後、お前にやる、とぶっきらぼうに言った俺の言葉に嬉しそうに笑ったシゲ。その笑顔で、俺まで一緒に嬉しくなった。いつでも見ていたいと思った。

ほんの思い付きの雑な手作りのサプライズ。こんなのでも、お前を少しでも喜ばせる事が出来るのなら、いつだってやってやりたいと思った。


終(2007/06/25)
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