優しいキス


俺の部屋に入るなり、当たり前の様にどかりと部屋の中央に腰を下ろした金髪野郎が一人。
そのままさっきコンビニで買ってきた、コミック雑誌を読み始め、部屋の主である俺の事には目もくれない。
別にそれは珍しい事じゃない。どちらかの部屋に遊びに行っては、それぞれ本を読んだり雑誌を読んだり。よくある事。

でもそのよくある事が今日に限って気に障るのはなんでだろう。
自分が読んでいるタイトルだけで選んだ推理小説が、それほど面白くないからかもしれない。それなのにこいつが時折笑い声を上げながら、雑誌に夢中になっているのが癪だったからかもしれない。

こちらを見ない金髪男に、視線と念とで呼び掛ける。

『シゲ、おい、こら、シゲ。こっち向け』

俺のテレパシーをキャッチ出来ない男にじれて、そいつの方に膝立ちで近付いていく。両手で頬を挟むと乱暴にこちらの方に顔を向けさせ、『なんや』やら『イテッ』やら言いたそうな唇に自分のそれをそっと重ねた。触れるだけのキスをして、そっと離す。目の前には目を大きく見開いて、驚いているシゲの顔。お前、『鳩が豆鉄砲を食らいました、と言うのはこういう顔の事を言います』と解説を付けてもいい様な顔をしてるぞ。そんなシゲの間の抜けた表情に思わず噴出した。

こいつとはもう何度もキスをしたけど、これが俺からした初めてのキスだ。

初めてキスをした相手もやっぱりシゲだった。ほんの数秒、唇が合さるだけのキスだったけど、心臓がおかしくなるんじゃないかと思ったくらいドキドキした。人の唇って柔らかいんだな、とぐるぐるした頭で考えていると、あっと言う間にその柔らかさは離れていった。ぎゅっと力を入れてつぶっていた目をゆるゆると開くと目の前にはにやけてしまらない顔をしたシゲが居て。

『やったー、サッカー部の王子様の初チュー、ゲットしてもうた』

聞きもしないくせに俺が初めてキスをしたって決め付けるから。

『……ファーストキスなんて、とっくの昔だよ』

……ホームズと。

多分赤い顔をして上ずった声でそんな事を言っても、シゲには俺が声を出さなかった部分までもお見通しなのだろう。

『うそー、シゲちゃん、初めてやったのに。たつぼん初めてちゃうのー。わー、シゲちゃん、ショック』

なんて全然ショックじゃなさそうに言ってのける。嘘付け、お前が初めてなんて。顔色一つ、変えないで。そんなに平気な顔をして。
こんなにドキドキして、顔が熱いのは俺だけじゃないか。握られた指先が震えてるのは、俺だけじゃないか。
それでも滅多に見られないシゲのにやけたしまらない顔を見ると、こいつも俺とキス出来て嬉しいのかな、なんて思った。
そう思うと、俺もやっぱり嬉しかった。

「…いきなりなんやの?たつぼん」

今、目の前にあるのも滅多に見られない表情のシゲ。不意打ちを食らって慌ててる顔。珍しく俺が主導権を握った瞬間。

「俺だって、たまにはキスしたい時だってあるんだよ」

そう、俺だってキスしたい、シゲと。本当はたまに、じゃなくっていつもなんだけど。だけどそれは言ってやらない。調子に乗るのは目に見えているから。

そう言う事なら、と表情を嬉しそうなものに一変させてシゲが俺の方に腕を伸ばした。その腕を制するとたちまち上がる非難の声と広がる不満顔。

「なんでやのー?」

だってこいつからキスをされると、いきなり深い物をされてしまう。体の芯から蕩けてしまう程の。
シゲが優しい触れるだけのキスをしてきたのは、最初の1回だけだった。次からは当然の様に舌が侵入してきて、俺の中を好き勝手に動き回った。思わず退きそうになる体は、がっしりと固定されて、身動きも取れなくて。

そんなキスをされると体中が痺れて、頭は真っ白になる。自分の足で立っていられなくて、こいつにしがみ付いてしまう。そんな俺を見て、やっぱりシゲは楽しそうに笑うんだ。

それが悔しいと思いながらもシゲからそういうキスを受けるのは、嫌いじゃない。(実は好き)でも今日は俺からお前にキスをしたい気分なんだ。たまにはいいだろ?
そして俺からはお前がするみたいな熱いキスは出来ないけど。

最初にキスされた時、そしてさっきも。触れるだけの短いキスだったけど、それでも俺は凄く幸せな気持ちになったんだ。

今日は俺からお前に優しいキスを贈るから。
お前も同じ気持ちになれ。
お前も、幸せな気持ちになれ。

終(2005/06/03)
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