運命のいたずら


体育館に流れる静かなBGM。綺麗に並べられた椅子にそれぞれ収まって。一人一人呼ばれる名前に返事を返す声。春まだ浅い3月の今日、3年生が桜上水中を卒業する。

壇上に上っては卒業証書を受け取る最上級生たちの姿を、何となく目で追って行く。今日だけは流石に引き締まった表情が多く見てとれた。様々な思いが交錯しているであろう彼らの、中学校生活最後の日。でも当事者ではない自分には、特に深い感慨も湧いてこなくて。懇意にしていた先輩でも居ればまた違うのだろうけど、生憎そんな交友関係は築けなかった。

ほとんど話した事もない卒業生たちに交じって、時折現れる見知った顔。元サッカー部員の3年生たちだ。結果的に自分が部から追い出す形になってしまった先輩たち。あの時の事を後悔なんて全然していないけど、最後まで残ってしまったわだかまりはやはり残念だった。かつては一緒に走り、一緒に汗を流した仲だというのに。

風祭の話では、元キャプテンが高校に行ったらサッカーをしたいという事らしい。自分が言うのも変だけど、高校では悔いのないサッカーをして欲しいと思う。

続いて行く長く単調な式の時間。時々出そうになる欠伸を慌てて噛み殺す。こんなに長い退屈な時間だ。多分、シゲは今頃居眠りでもしてるだろう。自分より後ろに座っていて姿が見えない金髪が、コックリコックリしているのが容易に想像出来てつい笑ってしまう。

ふと、ハンカチで涙を拭いている同じクラスの女子の姿が目に入った。彼女は今日卒業する3年生と付き合っていると言う話だ。一瞬、胸が詰まった。今、彼女はどんな気持ちでいるのだろう。


「あー、眠かった」
「お前なぁ…」

卒業式が終ると在校生は特にする事がない。流石に今日は部活もないし、たつぼん、帰ろ、と2Bまで迎えに来たシゲと家路へと向う。友達と別れを惜しんだり、先生に挨拶をしたりして点在している卒業生たちの間を貫けながら、シゲが盛大に欠伸をして腕を空に伸ばした。

「気持ちは分かるけど、3年生回りにいっぱい居るんだから。もうちょっと控えろ」
「やってほんまに眠かったんやもーん」
「もーんって可愛くねぇ。それに眠かったんじゃなくて、ほんとに寝てただろ、お前」
「あ、見てたん?たつぼん。俺の寝顔、可愛かったやろ」
「だから、そんなの可愛くねぇって。そもそもお前の方なんて見てねぇし。見なくたってお前が寝てたのくらい、丸分かり」

見なくても分かるなんて、愛やねぇ、愛、なんてふざけた言葉は鼻で笑ってやった。愛?そんなのあるの決まってるじゃないか。わざわざ口にするな。

暖かい風が通り過ぎて行く。季節は春へと移行している最中だ。

式の時泣いていた女子は、教室に戻っても俯いていた。今は一緒に居るんだろうか。俺たちのように一緒に帰っているんだろうか。同じ学校の生徒同士として、最後の帰宅をしているんだろうか。

「卒業式って卒業生だけ参加すればええやん。在校生は別に出なくたって、ええのにな」
「学校行事だからしょうがねぇだろ。っていうか、来年はお前だって卒業生なんだから、どっちにしろ出なきゃならないじゃねぇか」

ブツブツとぼやく金髪に突っ込むと、あぁ、そう言えばそうやね、なんてとぼけた返事が帰って来た。そう、来年は卒業生だ。お前も、俺も。

背を少し丸めて歩く金髪に、お前、と呼び、タメグチをきく。だけど本来なら、こいつにそんな風には言えないのだ。だってシゲは、俺よりも一年以上も早く生まれている。本当なら、俺よりも一学年上で、今日卒業する筈だった。そして俺は、それを見送る筈だったのだ。

今日、式の時に涙を流していた女子。彼女がどんな気持ちでいたかなんて、簡単に想像が付く。淋しい、悲しい。自分はこれからも来慣れた場所に来るのに、ここにあの人は居ない。ここに来れば必ず会えた筈の人が居ない。切ない。

そんな思いを、本当は俺も今日する筈だった。卒業生たちの中にシゲを見付けて、胸を詰まらせる筈だった。俺は男だから涙は見せない。けど、辛い思いはきっと同じだ。心の中できっと泣いた事だろう。

隣りを歩く金髪をそっとうかがう。暖かい風に揺れる髪。相変わらず眠そうな表情。一緒に歩ける事に安心する。

だってあと一年、辛い思いは先延ばしに出来る。本当なら、今日味わう筈だった切ない思いを、味わわずに済んだのだ。こいつが小学生なのに家を飛び出すなんて、無鉄砲な事をしたお陰で。シゲから家出の話を聞いた時、なんて無茶な事を、と呆れもしたけど、そのお陰で、今日俺はシゲを見送らずに済んだのだ。

「シゲ、今日この後、うち寄ってかねぇ?」
「お、寄らせて貰おか。今日時間あるし。…で、たつぼん、俺、腹減ってん」
「はいはい、何か出してやるから」

そう言うなり、やった、といきなり眠気をふっ飛ばして、元気になったシゲに笑ってしまう。シゲと一緒に居る何気ない時間が、何よりも楽しい。同じ制服を着て、同じ時間を共有して、そんな日々が後一年過ごせるのだ。

本当は会う筈のない俺たちが出会った。本当は見送る俺と見送られるシゲの立場の二人が、来年一緒に旅立てる。それもこれも、小学生の家出という有り得ない状況に寄って。なんて無茶で危険な事を、と呆れもしたけど、今俺の隣りで笑ってるシゲが居る。

だから、取り敢えずここは、有り得ない運命のいたずらに感謝でもしておこうか。勿論、シゲには内緒で。


終(2009/02/16)
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