ただ一人だけ


〜S〜

「お前って彼女とか、居るの?」

部活からの帰り道。日の落ち掛けたいつもの道で。少しだけ会話が途切れたその後に、隣を歩くたつぼんがぽつり、と聞いてきた。その内容が彼からの質問にしては異質だったので、

「は?俺?彼女?」と、聞き返すと、そう、お前だよ、とぶっきら棒な声で。

「いや、おらんけど。なんで?」
「小島に聞かれたから」

小島ちゃん。顔は可愛いけど、辛口でサバサバした性格のサッカー部マネージャー兼女子サッカー部部長。そんな事をたつぼんに聞いてくるなんて、俺に気があるんだろうか、それはちょっと困る、頭の中でそんな思いが過ぎる。が。

「小島も友だちに聞かれたんだって、シゲって彼女居るのかって。小島が知らないって言ったら、その子に確かめて欲しいって頼み込まれたんだってよ」
「で、俺やなくてたつぼんに聞いてきたん?」
「そ。俺だってはっきり知ってるわけじゃないし、そんなの本人に聞くべきだよな。そう言ったら、あんたが隣の席に居るんだから、あんたに聞いた方が手っ取り早いじゃない。水野なら知ってると思って、だってよ」

隣のクラスにぐらい、行けばいいのにな、と呆れた声に小さく笑ってしまった。

確かに合理的な小島ちゃんらしい。わざわざ隣のクラスの俺の所へ来る手間を省き、部活で毎日会うけれど自分には興味も関係もないネタを後々まで引っ張る事もなく、身近なたつぼんで用を済ませようとする辺り。

それでもはっきりと物を言う彼女だけど、変に律儀で頼まれたら断れないというお人よしな面もある。きっと友だちに、確かめて欲しいとお願いされて断り切れなかったんだろう。もう、しょうがないなぁ、と渋々言う小島ちゃんの表情が目に浮かぶようだ。

小島ちゃんは好き。さっぱりしていて話易いし、なにより可愛いし。でもそれは異性としての好きではなく、友だちとしての好き。だからもし、小島ちゃんが俺に気があるとしたら困った事になる、と咄嗟に思った。断らなければならないから。だから、違って良かった。そして、小島ちゃんに聞いてきた友だちとやらにも本当はそれほど興味はないのだけど、

「で、それを聞いてきた友だちって誰?」

同じクラスの子?と一応儀礼的に聞いてはみる。

「そこまでは知らねぇ。聞いてねぇよ。…気になるならお前が直接小島に聞いてみたら?」
「あー、そやねぇ。今度会った時、聞いてみるわ」

多分、聞く事はない。ないけれど興味有り気に返すと、そうしろよ、と大して関心がなさそうな返事が来た。まぁ確かに、俺が誰に気があるとか、たつぼんにはどうでもいい事なんだろう。そう思うと、内心苦い笑いが浮かんだ。

こんな風に部活の帰りに一緒に帰ったり、二人で居る時間は案外ある。そんな時話題にするのは大抵サッカーの話で、後は適当な雑談なんかで、俺たちの年頃で一番関心がありそうな女の子の話や色っぽい話なんかはほとんどしない。お互いに彼女や好きな子が居るのかなんて聞いた事もない。もっとも、サッカー馬鹿でサッカーまみれのたつぼんの毎日を見ていたら、好きな子はともかく彼女が居るようにはとても見えないけど。それにしても、たつぼんの口から、彼女居るの?なんて聞かれて、一瞬期待で胸が高まった自分を笑う。

そう、サッカー馬鹿でサッカーまみれ。たつぼんの頭の中はサッカーの事で一杯。日々、グラウンドのあちこちから飛び交う女子たちの黄色い声援にも我関せず、気にも留めずにボールを追う。別に格好付けているわけではなく、素で外野など目に入らないのだ。年頃のオトコノコとしてはどうなのよと思わなくもないけど、それが桜上水の孤高の王子様たる所以だ。そしてそんな彼がとても嬉しかったりする。そんな事を考えていると、

「…お前って本当に彼女居ないの?」と、ぼそっとした声で。
「ほんまにおらんけど、なんで?そないに俺って、彼女居そう?」

そう問うと、うん、居そう、とあっさり肯定された。

「だってお前っていかにも彼女居そうな雰囲気じゃん。女子たちともよく喋ってるし、普通にもててるみたいだし。…でも小島に言われて、そう言えばお前って特定の誰かと付き合ってるって言う話も聞かないなと思って」
「え、たつぼんから見ても、そないにシゲちゃんってカッコ良くって、学校一のモテモテ君?いやー、照れるわ」
「いや、誰もそこまで言ってないし」

実に素早い突っ込み。俺とつるむようになって、たつぼん、突っ込みのタイミングが上手くなったなぁと心の中で吹き出してしまう。

「んー、でも別に今んとこ、彼女欲しいとか思わへんし。居なきゃあかん、ちゅう事もないやろ」
「それはそうだけど」
「それに、ほら。俺今サッカーに燃えとるし。女の子よりサッカーや。サッカー一筋」
「なんか、お前が言うと嘘臭いよな」
「なんでやねん。こんなに練習熱心なシゲちゃんに向かって」
「ふーん、練習熱心ねぇ。朝練、欠席率ナンバー1のお前がねぇ」
「いやいや、朝はほら。朝のお勤めが長引く事がよくあるから。朝のお勤めはしっかりせなあかんし」

居候は大変なんや、とわざとらしくため息を吐くと、そうだな、大変大変、とからかうような笑顔と口調で。はい、たつぼんのお見通しの通りで、朝は大体布団から出られません。朝のお勤めもさぼり勝ちです。朝練欠席率ナンバー1のシゲちゃんですが、放課後の練習はその分まで頑張ってるから、そこの所は大目に見て下さい。

日の落ち掛けたいつもの帰り道、隣を歩く茶色の髪の持ち主が笑う。普段から綺麗に整っている顔立ちだけど、やっぱり笑った顔はとても可愛い。そんな顔をずっと近くで見ていたい。出来たら独り占めしたい、と思う程に。

そんな彼に、たつぼんはどうなんや、彼女、と振ると、興味ないし、とあっさり返される。 たつぼんらしい、と笑うと、悪かったな、と睨まれた。悪くない。全然悪くない。出来たらそのままでずっといて欲しい。熱い視線を送る多くの女子たちの思いに我関せず、気にも留めず。関心や興味のほとんどはサッカーに向いている、孤高の王子様のままでいて欲しい。誰か、俺じゃない誰か一人のものになるくらいなら。

たつぼんには言っていないけど、今までに女の子と付き合った事はある。オトナの関係になった事も、実はある。自分で言うのもなんだけど、女の子には受けが良くて結構もてる。その気になれば彼女の一人や二人、簡単に出来る。

でも今は、どんなに美人でも可愛くてもセクシーな子にも目が行かない。一緒に居ても、気持ちが弾む事はない。それはこのサッカー馬鹿のせい。横を歩く、真っ直ぐで不器用で頑固なお子様のせい。

夕焼けの中の整った横顔を盗み見る。俺を惹きつけて止まないそれ。たつぼんより綺麗な子はそこらじゅうに沢山居る。なのに、こんなにも彼に惹かれるのはなぜなんだろう。自分でも分からないけど、例えどんな綺麗な子に告白されたとしても、気持ちはそちらへは向かない。どんなに沢山の思いを寄せられたとしても、そんなのはいらない。

今の俺に欲しいのはただ一人だけ。ただたつぼんの思いだけ、が欲しい。


〜T〜

今日の休み時間に小島から、シゲって彼女居るの?と聞かれた時、心臓がドキンと跳ねた。多分、居ないと思うけど、なんで?と平静を装って聞けば、小島も友だちから聞かれた、との事。その友だちが、なぜ小島にそんな事を聞いたのかなんて確認するまでもない。その子はシゲが好きなんだろう。

シゲから彼女が居ると言うのは聞いた事がないけど、居ないと言うのも聞いた事がなかった。あいつは結構もててるみたいだし、3年生と付き合ってるみたいとか、女子高生と親しげに歩いているのを見たとか、噂だけは結構聞く。どれが噂で、どれが本当なのかを確かめた事はないけど、あいつの雰囲気からして彼女くらい居ても不思議はないとは思っていた。

小島に聞かれたから、なんて小島をダシにしておいて、本当はずっと自分が知りたかった事だ。

『お前って彼女とか、居るの?』

返って来た答えはあっさりと、『おらんけど』。この答えがどんなに俺を喜ばせたかをシゲは知らない。尤もその後の、それを聞いてきた友だちって誰?って言う質問にはむかついたけど。そんなに嬉しそうに、興味津々に聞いてくるなんて。まったく。俺の気も知らないで。

小島に、シゲに彼女が居るかどうかはっきり知らないと言うとちょっと驚かれた。あんたたち仲いいから、それくらい知ってて当然と思ったのに、と。直接シゲに聞きに行かないで、俺に聞いて来たのがその理由だそうだ。あんたに聞いた方が手っ取り早いでしょ、なんて当たり前の様に言われて、思わず脱力して苦笑してしまった。

『男子同士ってあんまりそういう話しないの?』
『別にそういうわけじゃ…。なんとなく、そんな話題が出なかっただけで』と、歯切れの悪い返事をすると、小島はふーんとさほど関心がある風でもなく軽く返した。

『はっきりさせたいなら直接本人に聞いたらいいだろ』
『気が向いたらね』

小島がそう言った時に始業のベルが鳴り、その話題は終わりになった。気が向かなかったのか、部活の時には忘れていたのかは分からないけど、シゲの様子だと直接本人には聞かなかったようだ。

『あんたたち、仲いいから』

小島の言葉が頭の中で再生される。チクリ、と微かに心に痛みを感じた言葉が。そう、確かに仲はいいと思う。今日のように一緒に帰ったりする事もよくあるし、部活の時もそうじゃない時もシゲと話をする事は多い。そんな時も話す内容は大抵サッカーの事ばかりで、異性や恋愛の話をする事はほとんどなかったな、と今更ながら思う。噂ばかりは耳に入ってくるけど、それを確認するのは敢えて避けていた。決定的な事実を知るのが怖くて。だから、シゲの答えがどんなに俺を喜ばせたかをこいつは知らない。俺がシゲに向ける感情は、小島の言う仲の良さとは違う種類のベクトルなのだ。

サッカーに燃えてるから今の所彼女はいらない、との言葉に内心喜びながら、嘘臭い、と返してやる。でも確かに部活はサボらず出てくるし(朝練は除く)、練習も一生懸命やってるし、サッカーに燃えているのは本当なんだろうと思う。別に部活に打ち込みながら誰かと付き合うくらい出来るだろうけど、今のシゲの考えが少しでも長く続くといい。女の子よりサッカーという思いが。少しでも長く、と明るい金髪を見ながら思っていると、

「そう言うたつぼんはどうなんや」と、今度はこちらに話題が振られた。

「俺?」
「そ。彼女、おらへんの?」
「いや、いねーけど」
「ほんまにー?」
「さっきのお返しかよ。俺に彼女が居るように見えるか?」
「やって、桜上水の王子様やし。部活ん時、キャーキャー言ってる子ら、沢山おるやん?実は皆に隠れてこっそりと、とか」
「王子様は止めろ、気持ち悪い。それにそう言うの、興味もないし」

そうはっきりと言ってやると、たつぼんらしーと笑われた。悪かったな、と睨むと、シゲが悪うないよ、別に、と笑ったまま答える。どうせ中2にもなって女の子に興味もないお子様と思っているんだろう。むかつく。

「水野く〜ん言うてる子らの中で、あの子可愛いなとか、チェックせえへんの?」
「そんなの一々見てないし。誰が可愛いとか、全然気にした事もねぇよ」
「ふーん、たつぼんは女の子の顔より、サッカーボールの方に釘付け、と」
「部活中はそれが当たり前だろ」と、ちょっとむきになって返すと、シゲの愉快そうな笑顔でそやねーと言われてむかつきが更に増した。お前は勝手に女の子チェックでもなんでもしてろ。

「…なぁ、じゃあ、好きな子もおらへんの?」

秘密の話をするように、シゲが声のトーンを落として聞いてきた。どきりと心臓が跳ねる。思わずシゲの方を見ると、シゲもこちらを見ていた。一瞬視線が合わさる。

好きなやつ、居るよ。俺の目の前に。俺の隣に。俺の直ぐ側に居るやつが、俺の好きな人なんだ。言えない言葉が切なくて視線を外した。

「だから興味ないって」

先ほどと同じセリフを同じような調子で言う。シゲもさよかと同じように笑った。

いつもの通学路を二人並んで歩く。隣には少しだけ猫背の金髪。気だるそうな雰囲気、少し大人っぽい横顔のライン。他の誰よりも惹き付けられる存在。俺は別にお子様じゃない。誰かを想う気持ちも、慕う気持ちもちゃんと持っている。それを口にする事は決して出来ない相手に向かって、だけど。

少し前の部活の時、高井に、またファンが一杯来てるぞ、とやさぐれた口調で言われた事がある。親指で指し示された方を見ると女子たちの集団があった。ほとんどが一度も話した事もない子たちばかり。俺が自分たちの方を見てるのに気付くと、俺の名前を呼ぶ子や手を振る子もいた。高井に、名前呼ばれてるぞと言われたけど、勿論そんな子たちに反応を返す筈もなく。柔軟始めるぞと早口に言うと、素っ気無いやつだなと返された。

『一々知らない子たちに返事しなくちゃならない義務はないだろ。向こうが勝手に見てきてるんだし』
『うわ、えらそー。今のお前の発言、あの子たちに聞かせてやりたいぜ。皆さ〜ん、水野君たら、こんな風に言ってたんですよ〜って』
『どうぞ、ご自由に』

別に困るわけでもないし、そうあっさり言ってやると、むかつくヤツ、と捻くれた高井の声。

『もてるやつは余裕だねー。お前はキャプテンなんだから、一人くらい俺に回してくれてもいいだろ』

いやいや、この場合キャプテンは関係ないだろう。でも、

『一人と言わず何人でもどうぞ。でもお前の所へ行くかどうかは、お前の頑張り次第だな』

そんな(嫌がらせ)エールを送ると高井は、水野がひどいんだぜー、と森長の所へ泣き付きに行った。俺たちのやり取りを聞いていた森長が苦笑いをしている。

いつもグラウンドの端に陣取って遠巻きにしている子たちが居る。俺を見に来ている、らしい。でも皆、サッカー自体に興味がある風でもないし、俺は一々反応を返すわけでもないし、部活の練習風景なんて見ていて面白いんだろうか、と思う。遠くから声を掛けてくる子たちは居ても、まともに会話をする女子と言えば小島くらいしか居ない。実は、ちゃんと告白とかされた事もない。練習を見に来ている子たちも、皆で騒ぐのを楽しんでいるみたいに見える。自分ではもててるという実感はまるでないのだけれど、こんな事を高井に言ったら切れられそうな予感がするので言わない。

でも高井、俺にも回して欲しい一人が居る。誰だかよく知らない子たちの声援より、遠くから見ている沢山の視線よりももっともっと欲しいものがある。俺に回して欲しいのは、隣を歩く派手でチャラチャラしててお調子者の不良の気持ち。

いつもの通学路を二人並んで歩く。その歩調はあまり速くないけど、それでももっとゆっくり歩きたい、と思う。ゆっくり歩いたらその分、シゲと一緒に居られる。シゲと別れる時間が後になる。こんな風に思うのは初めてだ。誰かと一緒に居る時間がもっとずっと続けばいいと思うなんて。だってシゲと居る時間は心地いい。楽しいし落ち着くし、時には気持ちが昂ったりむかついたりもするけど、それらの感情も含めて全て居心地がいい。ずっと続けばいいと思う。本当に高井、人の気持ちが簡単に自分に向けさせられたらいいのにな。

俺に回して欲しい一人。それはシゲ。欲しいのはただ一人だけ、シゲの気持ちだけ。

終(2011/10/23)
back