私の好きな人


学校の屋上の給水塔の脇。空がとても近くに感じる場所。
ここが俺の特等席。

ごろん、と横になり空に向って寝そべっていると差し込んでくる気持ちのいい陽射しのせいもあり、とろとろと睡魔が襲ってきた。ふあーと大欠伸をしながらこのまま寝てしまえば午後の授業までも寝入ってしまうのは必然。さぼりは決定。でも部活にしっかり出さえすればあの生真面目キャプテンの小言を頂戴する事もないだろうと勝手に判断して、そのまま眠りの中へ入ろうとした。
所へ。

「うわー、気持ちいい」

屋上の重い扉が開く音と同時に女の子たちの話し声が耳に入って来た。今まで静かだった空間に天気いいー、気持ちいいね、と明るい声が広がる。ほとんど入りかけていた眠りの国への侵入が遮断され、やれやれ、と溜息を付く。給水塔の下でやってきた女の子たちが数人、お喋りをし始めた。それでもさほど騒々しくないその会話の音量は眠りを妨げる程でも無さそうだ。

再びうとうととしてきた俺の意識を呼び止めたのは、良く知った人物の名前が聞こえたからだった。

「…でもさ、水野君の好きな人って誰だろうね」

…うん?今水野って言いました?
閉じていた瞼がいきなり跳ね上がった。

「やっぱ小島有希?なんか仲良さそうじゃん、あの二人。よく喋ってるの見るよ」
「好きな人って付き合ってるって事?前に小島本人から水野君とは付き合ってないって聞いた事あるけど」
「付き合ってるかどうかは分かんない。好きな人がいるからって言われたって話」
「じゃあ水野君の片思いかもしれないの?えー、ますます気にならない?その相手」

なんとなく息を詰めてその会話に耳を傾けた。
彼女たちが話題にしているのはやっぱり俺のよく知っているあの『彼』の事らしい。サッカー部のキャプテンにして顔良し頭良しの学校の王子様的存在、たつぼん事、水野竜也。 今の会話から想像すると誰かがたつぼんに告ったのだろうか。そしてその返事が好きな人がいるから、と言う所なのか。

…よう言ったで、たつぼん。

知らず口元が綻ぶのが分かった。

「でももし付き合っててもこっそり隠れて、って言うのもありかもよ。だって、水野君のファン怖そうじゃない。嫉妬の余り嫌がらせされそう、とか」
「うーん、それもありだよね。見てる限りじゃ付き合ってる人がいる様には見えないし。隠れられたら分かんないよね」
「でもね、彼女がいても片思いでも好きな人がいるのは確かなんでしょ?誰なんだろう。気になるー」
「小島じゃなかったらサッカー部に一年生で可愛い子入ったじゃない。あの子とか。この前親切に指導してるの見たよ」
「別にサッカー部とは限らないじゃん。同じクラスの子って事も有り得るし」

女の子たちの熱心な議論(?)を聞いているうちにいつの間にか眠気もすっかり醒めてしまった。
たつぼんの好きな人?それはここに居るで。自分らのすぐ側に。自分らの上の方で寝そべって空を見上げてる、たつぼんと同じ学年で同じ部活でサッカーが滅茶上手くってごっつ男前の金髪とピアスがトレードマークのシゲちゃん事、佐藤成樹その人がたつぼんの好きな人や。おまけに片思いやないで。付きおうてる。これ以上ないって所までしっかり出来上がってる仲やー!

…ってそれが言えたら苦労はしない。そんな事は言えない。俺たちが付き合っているだなんて。口が裂けても。これは誰にも言えない事なのだ。

人に言えない恋なんてまるでロミオとジュリエットの様ではないですか、なんて柄にもない事を思う。
ああ、ジュリエット、ジュリエット、なんで自分はジュリエットなん?
…ってこれはジュリエット側のセリフやん。

自分で自分に突っ込みを入れ、苦笑しながら空に向って溜息を一つ付いた。

女の子たちの続いている会話を聞くともなしに聞きながらぼんやりとたつぼんの顔を頭に思い浮かべた。茶髪のいつも何か悩んでそうなそれぞれの整ったパーツが綺麗に収まった顔。

可愛い女の子や綺麗なお姉さんが大好きな俺が何故かあのぼんには惹かれていった。気が付けばいつも目で追っていた。一緒に居ると堪らなく楽しかった。普通に話している時もサッカーしている時も。
他の仲間たちとは明らかに違う感情を自覚した時、駄目元で気色悪がられるのを覚悟して自分の気持ちを告げた。結果は何と相手も同じ気持ちを持っていた事が分かって、あんなに驚いた事はなかった。自分で言っておきながらまさかOKを貰えるとは夢にも思っていなかったので、信じられない思いで一杯だった。それと同時にあんなに嬉しかった事はなかった。

そしてたつぼんの一番側に居る権利を得て。恋人らしくキスもしてセックスもして。
本音を言い合える仲だから半端じゃない大喧嘩も何度もして。
素直じゃないし人の癇にさわる様な事は言うし何かと落ち込み易いし。

でも凄く可愛いし真っ直ぐだしいつも一生懸命だし、直に墓穴を掘るややこしい性格をしてるけどそれらを全部ひっくるめてたつぼんが好き。誰にも言えなくても、許されなくても、たつぼんが俺には一番大切だと、心から思う。

「あ、そろそろ時間」

戻ろっか、の言葉と一緒に軽い足音が遠ざかって行って扉が閉まる音が聞こえた。そろそろ始業の時間なのか、皆行ってしまったのだろう、辺り一面しんとした静けさが広がっている。

「…たつぼんの好きな人は自分らにはずっと分からんだろうなぁ」

誰に言うでもなく空に向って呟いた。だって言えないから。俺たち二人の事は。

「…あぁ、ジュリエット、ジュリエット。人には言えないけど。…好っきやねん」

見上げた先は青い空、ちぎれた雲。眠気もすっ飛んだ事だしここでお昼寝の予定は変更。大きく息を吸い込んで勢いを付けて起き上がる。急にあの顔が見たくなったから。頭の中に浮かんだ顔じゃなく、実物の茶色い髪の綺麗に整った顔が。
考えたってしょうがない。先の事はどうなるかなんて分からないけど、今はお互いがお互いを好きなんだから。もう、それはそれでしょうがない。そしてそれでいい。

屋上から出て全速力で廊下を走る。目指すは2−B、たつぼんのクラス。ラッキーな事に先生には誰にも会わずに注意を受ける事もなく目的地に着いた。始業のベルが鳴る前なのに自分の席にしっかりと着いて、教科書まで広げている優等生に小さく笑いながら近付く。全力で走ってきたので肩で大きく息をする俺に、驚いた視線がたつぼんから向けられる。

「なんだよ、シゲ、忘れ物…」

発した問いが最後まで言い終わらないうちにその耳元に口を寄せてそっと囁く。

「たつぼんの好きな人って、俺の事やろな。…違ったらしばくで」

顔を離して目を覗き込むとそこには、訳が分からず大きく見開いた少し垂れ気味の目がある。いきなりこんな事を言われたんだから当然だろうな。
その驚きに固まった顔を見つめて一人でにかっと笑った。

「ほな、また後でなー」

言いたい事は言ったし愛しのたつぼんの顔も見たので、何か言いたそうな顔を残して来た時と同じ様に猛ダッシュで教室を後にした。背中に聞こえた、何をいきなり言ってるんだ、お前は、との怒鳴り声には振り向かず指だけでひらひらと返事をする。

後でゆっくり説明するから、たつぼん。部活の後で。だからそれまで疑問符を抱えながら俺の事でも考えとって。
だって不公平やろ?
俺だけがこんなにたつぼんの事を考えてるなんて。
たつぼんの事で頭が一杯やなんて。

そんなのずるいから、だからたつぼんも俺の事、一杯考えとって。
自分の好きな人の事を。

終(2005/06/17)
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