すっごく幸せ


部活が終わった後の帰り道。隣りを歩くシゲがアイスを食べたいと言い出した。夏へと向って日毎気温が高くなっている今の季節。夕方になってもさほど涼しくもなく、俺自身も冷たい物を欲しがっているのを自覚していた。そのまま二人でコンビニへと足を向ける。

やけに時間を掛けて慎重にシゲが選んだのがバナナ味の棒付きアイス。見た瞬間にあっさりと俺が選んだのはヴァニラ味の棒付きアイス。店を出た途端にパッケージを開こうとしていたシゲを、行儀が悪いと近くの公園まで引っ張って来た。早う食べたいのに、と金髪男がぶーたれる。

「たつぼん、こんな時までお行儀良過ぎ」
「うるさいな。歩き食いなんて俺の趣味じゃないんで」
「歩きながら食うのが美味いやん」

夕方が過ぎて人気のない、小さな公園の隅っこのベンチに腰を下ろした。一緒にビニールのパッケージを開く。ぶつぶつと文句を垂れていたシゲが、途端に嬉しそうな顔をしてアイスを頬張った。子供の様な表情で美味そうにそれを舐める。

黄色い髪のやつが黄色いのを食べてる、なんてしょうもない事を思いながら、俺も自分のアイスを口に入れた。たちまち甘さと冷たさが口一杯に広がった。

今日の部活中は気温が高かったし、汗も散々かいた。今もそれほど温度は下がっていないようだし、そんな中で食べる冷たい嗜好品は本当に美味い。甘い塊が気持ち良く喉を通り過ぎて行く。

バナナ味を堪能していたシゲが、部活の後のアイスは最高やな、と自分が考えていた様な事をしみじみと言い出したから小さく笑ってしまった。

学校帰りにこんな風に誰かと買い食いするなんて、シゲとつるむ様になるまでほとんどした事がなかった。元々人付き合いがあんまりいい方ではないし、そういう事を特にしたいとも思わなかった。

今までした事がなかった行動でも、シゲとなら何の違和感なく出来るし、何よりも楽しいと感じてしまう。甘くて冷たいアイスは確かに美味いけど、安いコンビニアイスの美味さをより増しているのはこいつと一緒に居るからなんじゃないだろうか、なんて本人には決して言ってやらないだろう事を思った。

そのシゲの方をふと見ると、そいつもこちらを見ていた。正確には俺の手元にある棒付きアイスを凝視していた。

「…何見てんだよ」
「いや、そっちも美味そうやなー思って」

俺のヴァニラ味?と聞くと、うん、と素直に金髪が頭を下げた。

「お前さっき、すげー時間掛けて選んでたじゃねぇか」

その長考の末のバナナ味のくせに。

「そうなんやけど。人が食ってるの見るとやけに美味そうに見えて…。な、たつぼん、そっち一口頂戴?」

頂戴、なんて首を傾けられても可愛くない。

「え、やだ」

可愛くないけど子供っぽいシゲの言い方につられて、俺も子供っぽい返事をした。体を少しだけシゲから離す。

「えー、いいやん。一口だけ。な」

な?な?としつこい頂戴攻撃に負けて、しょうがねーな、一口だぞ、と念を押してシゲの方に食べ掛けのアイスを差し出した。我ながら子供じみた言動だと思う。でもシゲ相手だと、ついこんな風になってしまうのだ。全てこいつのせい、と言う事にしておこう。

おおきにー、と再び嬉しそうな表情を浮かべた後、ヴァニラアイスに金髪がぱくりと齧り付く。今、少しだけ餌付けをしている気分になった。

美味いか?と満足そうな顔をしているやつに尋ねる。

「めっちゃ美味い」
「そいつは良かったな」
「で、めっちゃ幸せ」
「お前の幸せは安上がりだな」

たかだか100円にも届かないコンビニアイス。目の前には、それを味わって心底満足し切った顔があって。なんて簡単に感じる幸せなんだ、と思わず笑ってしまった。

「いや、アイスも勿論美味いけど。今、俺が何したと思う?」
「何って、…俺のアイス食ったじゃん」
「やろ?やから、俺今、たつぼんと間接ちゅーした事になるやん?」
「な…!」

にやりと笑いながら、間接ちゅーと意味有りげに言われた単語につい反応する。シゲは美味い物を食って喜んでいた顔から、俺をからかう様な顔に変わっていた。たつぼんと間接ちゅー出来て、めっちゃ幸せ、と付け加えながら。

間接どころか、直接のキスだってしている俺たち。食べ物の回し食いくらいなんて言う事もないのだけれど、シゲのにやにやした表情と、今は誰も居ないけど明るい時は子供たちが走り回っているであろう場所でそんな単語をいきなり聞かされて、顔に熱が集まる。

何が間接ちゅーだ。何が幸せだ。唇を合わせるキスだって、お前は普通にしてくるくせに。お前はいつだって平然としているけど、俺は未だ慣れなくて一杯一杯で。毎回心臓がその存在を激しく主張してくれて、息がまともに出来なくて苦しくて。

でもそれが全然嫌じゃなくて。むしろ気持ちいいくらい好きで。

そんな俺にお前は気付いてくる。だからいつも簡単にキスをし掛けて来る。そして、こんな風に俺が反応しそうな言葉を言ってはからかってくる。ムカツク。

面白そうに笑っているシゲの手元を目掛けて、体を寄せた。目指すは黄色いバナナアイス。

「お前、人の食ったんだから、俺にも食わせろ」

返事を待つ前にシゲのアイスに盛大に齧り付いてやった。大分柔らかくなっていたそれは、簡単に大きな欠片として飲み込む事が出来た。途端に、ああ、と言う非難めいた声がする。

「たつぼん食べ過ぎ。俺なんか言い付け通りにほんのちょびっと、一口だけしか食わんかったのに。たつぼんのこれ、三口分くらいやん」
「だってお前、いつも俺の食ってるもん、横取りするだろ。偶に少し位俺が頂いただけでぎゃーぎゃー言うな」
「横取りなんて人聞きの悪い。ちゃんとお伺いを立てて頂戴してるやん。それにこれのどこが少しやねん。大量やん」

もっとたつぼんのも寄越せ、とこちらに寄って来たシゲから、アイスを隠す様にして身を反転させた。

「誰がお前なんかにやるか」
「たつぼんのケチ。未だそんなにあるんやから寄越せ」

嫌だ、寄越せ、の攻防戦は、どちからが根負けするまでもうしばらく続くだろう。負けず嫌いの精神は、お互いにこんな時にさえ発揮されてしまうのだから。

こんな馬鹿げた子供っぽい行為も、シゲとなら楽しい。

お前の幸せが安上がりだってさっき言ったけど、俺だってそうなんだ。だってシゲが側に居るだけで、実は幸せな気持ちになれる。

シゲが一緒に居るだけで、簡単に幸せな気持ちになれる。


終(2007/06/09)
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