晴天
遅い、と呟きながら腕時計を覗き込んだ。さっきからもう何回、この行為をしただろう。時計の長針は先程見た時よりも、ほんの少しだけ下の方へと進んでいた。いらいらが増して行く。待ち合わせの約束の時間から、既に24分過ぎている。
人の流れが絶えない駅前の通りを見渡しても、待ち人は未だに見る陰もない。ふーと大きな溜め息を吐いた。
シゲのヤツ。遅刻しやがって。
学校の施設整備の為グラウンドが使えず、部活が休みになった日曜日。珍しくシゲが、偶の休みなんやし、デートでもせぇへん?と誘って来たのが二日前。デートなんて滅多に聞かない単語を耳にして、密かに心臓が跳ねたけど、それは顔には出さないようにしてさり気なくオーケーした。別にいいけど、と。
二人でどこかに出かける時は、どちらかの家に迎えに行くのがいつものパターンだ。けど、デートなら待ち合わせした方がそれらしいな、なんてシゲが更に珍しい事を言うものだから、駅前で落ち合う約束をしたのだ。
待ち合わせの場所を決めて、時間を決めて。それからどこに行こうかなんて相談もして。シゲと出掛ける事はよくあるけど、こんな風に計画を立てるなんて、俺たちにしては珍しい。シゲのほんの気紛れから出た提案に結構楽しんでる自分が居て。お前がデートなんて事言い出すなんて、その日雨でも降るんじゃないか、とからかう様に言ってやると、いや、シゲちゃん、晴れ男やから大丈夫、と自信満々な答えが帰って来て笑ってしまった。
言い出したのはお前の方なのに、そのお前が遅刻とはどういう事だ、シゲ。
晴れ男の作用が働いているのかどうかは知らないけれど、空は雲一つなく青く済み切った晴天。外に出掛けるには正に絶好な日和。通りにはほとんど切れ目なく、どこかへ向う人の波。
なのに誘った張本人は遅刻で、いらいらを少しずつ増しながら、待ちぼうけを食っているのは俺。シゲが来たら、速攻で文句を言ってやる。
そもそもシゲと約束をしたら、あいつが遅れて来る事なんて予想出来て当然の事だったのだ。それなのに、待ち合わせの時間よりも少し前に着く習慣が出来てしまっている自分は、やっぱり今日も約束の時間より10分も早く着いてしまった。再び腕時計を覗き込むと、シゲが遅れる事27分。既にここで一人で37分も立ちっぱなしで遅刻男を待っている事になる。
実は結構、今日と言う日を楽しみにしていた。珍しく部活がない休日。珍しくシゲからのデートのお誘い。珍しく一日中二人だけで過ごせる時間。珍しい事尽くし。それらを凄く楽しみにしていた。なのにその肝心のシゲが未だ来ていない。いらいらも増すと言うものだ。
後5分、いや、10分待ってシゲが来なかったら、帰ってやる。そして謝って来ても、しばらくは許してやらない。誘って来た方が遅刻するなんて、失礼だ。シゲの事だからしょうがないな、と今日は言ってやらない。
そこまで考えて、ふと思った。ひょっとして、急病か何かで来られないのではないだろうか。具合が悪くて布団から出られず、未だ寝ていると言う事は。そうだとしたら連絡が取れなくて、困っているかも知れない。こちらから、寺に電話をした方がいいだろうか。でもここから見渡す限り、公衆電話が見当たらない。駅の中に入ればあるとは思うけど、ここから離れた時にシゲが来たら、俺がもう帰ったと思ってしまって、帰ってしまうかもしれない。
どうしようか、と駅の方へ2度程行き掛けて、やっぱりそんな筈はないと思い直した 。だってシゲは普段から滅多に病気になんかならないし、昨日会った時も全然ぴんぴんしていた。そのあいつが、いきなり今日になって体調を崩す筈はない。今回の遅刻もきっと単なる寝坊だろう。
一人で右往左往していた自分が恥ずかしくて、少しだけ顔が熱くなった。
シゲの馬鹿、何やってんだよ。もう、帰るぞ俺は。後5分、いや、10分待ったら。
でもここまで待ったんだから、文句の一つも言ってから帰りたい。誘って来た方が遅れるなんて、どう言う了見だ。そのだらしない所を改めろ。お前の悪い癖だぞ。そう言って説教してやりたい。
だから、早く来い、シゲ。
晴天の空の下、何組もの待ち合わせをしている恋人たちの出会いを見送った後、見慣れた金髪を人込みの中で見付けた。それは人の波を上手い事かわしながら、凄い勢いでこちらに近付いて来る。やっぱりあいつのフットワークの良さは人並み外れてるな、なんて事を思っていると、堪忍、と転がる様に金髪が俺の前に走り寄って来た。顔には怒りの表情を貼り付けて、もったいぶって腕を組みながらそいつを迎えてやる。
「遅れま、した。…たつぼん、堪、忍」
肩で大きく息をしながら、途切れ途切れの謝罪の言葉。
「そうですね。お前、29分の遅刻」
腕時計をシゲの顔の前に伸ばしてやると、申し訳なさそうな顔をして、堪忍、と片目を瞑りながらもう一度言った。
「なんで遅刻したの、お前」
「…寝坊しました」
あぁ、やっぱり。具合が悪かったらどうしようなんて心配した自分が間抜けでした。 シゲはやっぱり、シゲの理由で遅刻するのだ。
「いや、でもな、たつぼん」
「なんだよ」
「その寝坊の理由って言うのがな、昨日の夜、中々寝付かれへんかったんや」
「また遅くまでマンガでも読んでたのかよ」
「なんでやねん。じゃなくって、今日のたつぼんとのデートがめっちゃ楽しみで。興奮し過ぎて、寝られなかったんや」
やから朝起きれへんかった、なんて事をいけしゃあしゃあと言う金髪を、呆れた顔で見つめてやった。
嘘ばっかり。どんな時でも、どんな所でもいきなり寝る事が出来る、寝付きのいいのがお前の特徴だ。そのお前が俺と会うのが楽しみで寝られなかったなんて、そんな事ある筈ない。そして睡眠時間が何時間であろうと、寝坊はシゲの得意技だ。何が、興奮し過ぎて、だ。
ほら、ここで文句の一つや二つ言え、自分。誘って来た方が遅れるなんて、と。全くお前はだらしない、と。説教する権利くらい、自分にはある。 その為に待っていたんだから。
だけど。
「ごめんな、たつぼん、機嫌直して」
な?と、素直に謝って来る申し訳なさそうな笑顔に遭ったら、さっきまで大量にあったいらいら感が、波が引く様に消えて行ってしまう。実際の所、シゲの顔を見た途端に綺麗に消えてしまっていたのだけど。
だって良かった。お前が病気で苦しんでなくて。事故に遭ってケガなんかしてなくて。遅刻の理由が、只の寝坊で良かったよ。
勿論こんな事を本人に言ってやるつもりはなく、こんなに簡単に機嫌を直してしまったのがばれるのも癪なので、顔だけは苦々しい表情を貼り付けたまま、しょうがねぇなーとわざとらしく大きな溜め息を吐いた。
嘘丸出しの言い訳をされたけど、ちょっとは嬉しい気分にさせてくれたから、さっきの言葉は信じてやる事にするよ、シゲ。
天気は上々。待ち兼ねた相手も来た事だし、さぁ、デートを始めようか。先ずはやっぱり腹ごしらえでも。
何を奢って貰おうかな、と人の流れに入りながら言うと、あ、やっぱり俺の奢り?と金髪が苦笑いを浮かべた。当然だ。
「お手柔らかにな、たつぼん」
「さぁ?どうしようかな」
財布の中身を気にして不安そうな顔をするシゲに笑顔を返す。そんなに無茶な事は言うつもりはないけど、少しくらいはシゲを不安な気分にさせとこう。
だって昨日の夜、楽しみにしてて興奮し過ぎて中々寝られなかったのは、実は俺の方だ。寝不足の俺を散々待たせたんだから、これくらいの罰は受けとけ。
終(2007/03/17)