セカンドバースディ


『たつぼん、30日の練習の後、ちょっと寄り道してもええ?』

11月も終わりに近付いたある日、そう聞いて来たのはいつも派手な金髪。30日、という日付けに少しだけ心臓が反応した。だってその日は。

『別に…。そんなに遅くならなければ大丈夫だけど』
『ほんま?なら駅前通りまで足伸ばしてもええ?あんな…』

俺の返事にシゲが嬉しそうに笑いながら言う。なんでもシゲのクラスの女子からの情報に寄ると、駅前通りにあるケーキ屋のレアチーズケーキが美味いと評判との事。お持ち帰りしてもいいけど、そこで食べるスペースもあるし良かったら奢らせてや、との提案。
チーズケーキは大好きだし、美味いと評判ならそれは勿論食ってみたい。珍しくシゲからの奢るなんて誘いだし、しかもその日に。断る理由なんてない。

『お前が人に物を奢るとか、珍しいよな』

金、大丈夫か?とからかう様に言ってやると、

『それくらいの甲斐性はあるで、このシゲちゃんは。やって、たつぼんの誕生日やし。好きなもん奢ってやるくらい、してやりたいやん』

と、やけに偉そうに胸を張って、嬉しい言葉をくれた。シゲが俺の誕生日を覚えててくれた。

小さい時は、誕生日が凄く嬉しくて、その日が来るのが待ち遠しかった。欲しかったプレゼントを貰えるし、自分の好きなご馳走ばかりが並ぶ食卓、ホールのケーキ。おめでとう、の言葉がとても嬉しく心に響いた。

でも、一つずつ学年が上がるにつれ、昔感じていた素直な喜びも少しずつ薄れて行く物だ。プレゼントやご馳走に嬉しい気持ちはあるけれど、ここ数年は、誕生日とは一つ年を取る単なる通過点の一日になっていた様な気がする。

なのに、シゲが俺の誕生日を覚えててくれて、そして祝ってくれるという。それだけで、今年の誕生日が『待ち遠しい、凄く嬉しい日』に復活しただなんて。自分は単純な人間なんだろうか。それとも、それだけ好きなヤツの存在というのは大きいのだろうか。


30日当日。いつものように部活を終えて、いつものようにシゲと二人で、最後に部室を出る。日は既にとっぷりと暮れて、冷たい秋の終りの風が頬に吹きつける。さむ、と隣りでシゲが身を縮めた。

「あー、もう真っ暗やん。たつぼん、自分の誕生日の日くらい、部誌チャッチャと書けばええのに、いっつも通り丁寧ーに書いとるから」
「誕生日だからって適当に書けるか。いつもと同じで当然だろ」
「ちょっとくらいは融通利かせたってええやん。俺、腹減ったし」
「結局はお前の腹具合の話かよ」

それでも、まだ終らんの?と急かすシゲに押されて、実はいつもよりかなりスピードアップして部誌を書いた事は内緒だ。

「部長権限で、誕生日だから部活を短く切り上げれば良かったのに。あ、いっその事、『今日は俺の誕生日で、シゲとデートするから部活は中止な』とか爆弾発言したらおもろいのに。たつぼんがそう言った時の皆の反応見てみたいな」
「…別にそんなの見たくねぇ」

自分の発言に受けて、シゲがケラケラと一人で笑っている。誕生日だからと言って、部活を中止にする部長がどこに居る、どんな部長権限だよ、と呆れた視線を向けると、金髪が可笑しそうに、ニカっと笑った。

数ヶ月振りに、今日でシゲと二つ違いから一つ違いに年の差が縮まった。たったイッコだけど、確かにこいつは年上なのだ。それなのに、時々見せるこんな笑顔はとても子どもっぽい。その笑顔は、やっぱり時々見せる大人っぽい顔よりも、断然俺を安心させてくれる。だから凄く好きだ。

その笑顔を縁取った金髪を冷たい風が弄って行く。寒い、ついでに腹減った、とぼやくシゲに、はいはいと適当に相槌を打つ。口には出さないけど、俺だって寒いし、腹が減っているのだ。

「お前、子どもみてぇ。もうちょっと我慢しろよ。せいぜい後、10分くらいだろ?」
「その10分が、長いんや、この疲れ果てた身には…」
「あれくらいの練習で疲れ果てるなんて、お前体力ないな。そうだ、部長権限で、お前だけ基礎トレメニュー増やすか。取り敢えず、ランニングと腹筋と…」

そこで部長権限かい、と素早い突っ込みが来て、笑ってしまった。こういう時にたちまち勢いが良くなるなんて、さすが関西人。

そんな事を思いながら道の角を曲がると、自販機の明るい光が目に入った。一瞬、目を留める。
あ、ここは。


絶対に適う筈がないと思っていた、シゲへの特別な感情。ずっとシゲが好きだった。でもそれは自分だけだと思っていた。それがある日、シゲに告白されて、相手も自分と同じ気持ちを抱いている事が分かって。その時は嬉しいよりも驚いた方が先で、中々言葉が出なかった。だけど、やっぱり嬉しかった。シゲと付き合う事になっても人には言えない、とか後ろめたい気持ちもあったけど、それよりも一緒に居たい思いの方が断然強かった。

『恋人』というポジションで、シゲが俺の誕生日を祝ってくれるのは、今年が初めてだけど、シゲから誕生日を祝って貰うのは、これで実は2回目だ。
と、俺だけが思っている。

一年前の今日、部活が終って一人で道を歩いていた俺に、たつぼん、今帰り?とシゲが声を掛けて来た。部活帰りに会うなんて珍しいと思ったけど、シゲがそのまま隣りに並んで歩き出したので、何となく連れ立って歩いた。シゲがサッカー部に居た時は、偶に一緒に帰ったけど、辞めてからは初めてだった。久し振りのシゲと二人だけの時間。変に緊張している自分が居た。

フラリと助っ人でサッカー部に現れて、そしてあっと言う間に辞めて行ったシゲ。初めは胡散臭いヤツだと敬遠もしたけど、シゲのサッカーの実力は確かだった。シゲとの連携で、桜上水に来て初めて自分の力を出せた。久し振りにサッカーが楽しいと思った。そして話してみると、結構気があうヤツだという事も分かった。趣味も考え方もまるで違ったけど、なぜか一緒に居ると楽しかった。気が許せるヤツだと思った。

だけど、シゲのいきなりの退部宣言。しかも金のため、と言われ、頭が沸騰した。信じられなかった。あんなに一生懸命にボールを追ったのも、全て金のためだったのか?サッカーが好きだったからじゃなかったのか?シゲを信じていたから、悔しかった。怒りが湧いた。そして悲しかった。泣きたいくらいに。

シゲがサッカー部を去った後、しばらくは頭に来て、顔を見るのもイヤだった。顔を会わせないようにしていた。だけど、シゲは何もなかったかのように話し掛けてきて、最初のうちは無視をしたり、ぶっきらぼうな返事をしてたりいていた。それでも話し掛けてくるシゲ。少し時間が経つと、シゲが部を辞めたのは、3年生とのいざこざが原因だったとの噂が耳に入って来た。金のせいもあっただろうけど、それだけではなかったらしい、と。徐々に自分の怒りの感情も薄れて来て、自分の態度も大人げないような気がしてきた。ある日、顔を合わせたシゲに、自分の方から、おはよう、と声を掛けた俺に見せた、シゲの嬉しそうな顔を忘れる事が出来ない。

『珍しいな、お前がこんな時間まで残ってるなんて』
『ん、ちょうクラスの発表の事で話し合ってて』
『へー、益々珍しいな、お前がそんな真面目な事で居残りするなんて』
『あ、それちょっと失礼やない?たつぼん』

久し振りのシゲと二人だけの時間。普通に笑って、普通に会話出来ている自分に安心する。その時には、自分はシゲが好きだと自覚していたから。シゲが部を辞めた時、あんなに辛くショックだったのは、裏切られた気持ちになったのは、実はシゲが好きだからだったのだ、と後で気付いた。

だって、部からシゲが居なくなってから、心にぽっかりと穴が空いたようだった。いつもシゲの事を探してしまう。そのくせ、話し掛けられると、碌な返事をしないで目を逸らしてしまうのに、直ぐに振り向きたくなってしまう。そして、いつもいつもシゲの事を考えてしまう。これでは、自分でも認めざるを得なかった。俺はシゲが好きなんだ、と。

変に緊張しながらも、普通に会話出来てる自分に安心する。やっぱり、シゲと話せるのは楽しい。シゲと居るのは楽しい。そして、通り掛った自販機の前。

たつぼん、ノド渇いてへん?とシゲが聞いて来た。確かに部活後だし、飲み物は飲みたい。そうだな、と俺の曖昧な返事聞きつつ、シゲが自販機の前に行った。奢ったるな、ポケットから小銭を出して。

『え、いいよ、別に。シゲ、自分で買うから』

慌てて言うと、や、俺に奢らせたって、と譲らない。なぜ?と疑問符が湧く。シゲに奢って貰う云われはない。

『前に俺の部屋に来た時、たつぼん、差し入れ持って来てくれたやん』

以前、何度かシゲの部屋に遊びに行った事がある。確かにその度に、シゲが好きだと言ったコーラやスナック菓子を買って行った。

『考えてみたら、俺からたつぼんに差し入れとかした事なかったやん?やからそのお返しで』

差し入れのお返しなんて、お前そんなに律儀なヤツだったか?と心で突っ込みを入れる。ここで会ったのも何かのご縁と言う事で、な?、とよく分からない事を言われて、そんなに言うなら、と素直に奢られる事にした。

『たつぼん、ミルクティー好きやったよな。午後ティーでええ?』

うん、と頷くと、小銭を入れて買ったペットボトルを、はい、と手渡してくれた。ありがとう、と受け取ると、シゲも嬉しそうに笑った。

キャップを開けて、暖かい飲み物をノドに流し込む。飲み慣れたそれが、いつにも増して美味しかった。そして心が弾んでいた。シゲが俺の好きな飲み物を覚えてくれた。たったそれだけの事がこんなに嬉しいなんて。そして何て偶然。偶々帰り道に出会った日が、俺の誕生日だった。そんな事を知らないシゲは、ただの差し入れのお返しで、飲み物を奢ってくれた。シゲにそんな気持ちはないだろうけど、それはまるで俺の誕生日を祝ってくれたみたいで。自分だけがそう思っているのは分かっているけど、ドキドキするくらいに嬉しかった。


一年前の事を思い出しながら自販機を見つめていると、ちょっと歩調が緩んだ。それに気付いたシゲが、なんか買いたいん?と尋ねて来る。

「ノド渇いた?でもセットで飲み物も頼めるらしいから、もうちょっと我慢して」
「いや、そうじゃないんだけど」

きっとこいつは覚えていない。一年も前にここで俺に奢ってくれた事なんか。それが偶々俺の誕生日で、凄く嬉しい偶然で、俺が一人で喜んでた事なんか、こいつは知らない。

「いや、別に何か買いたいわけじゃないから」
「そお?」
「ただ、前にお前にここで飲み物、ご馳走して貰った事があったな、と思い出して」

シゲはそんな些細な事覚えている筈ない、と思ったのに、あ、午後ティー?と直ぐに反応されてこちらが驚く。

「え、なんで?」
「なんでって、違った?ちゅうかなんでそんなにびっくりしてんねん、自分」
「いや、違ってないけど。そうなんだけど。だって驚くだろう、一年前の事だぞ。なんで覚えてんの?お前」
「いや、自分だって覚えとったんやろ。えーと、だってあれ、いちお誕プレのつもりやったから」

覚えている筈ないと思っていた事を覚えていたばかりか、更に驚く事を言われて目が見開いてしまった。あれが誕生日?プレゼント?

「だって、お前あの時、俺の誕生日なんて知ってたのか?俺、言った覚えないけど」
「誕生日なんてちょっと調べたら、直ぐ分かるやろ。やって、その子たちにやって、たつぼん、自分の誕生日言ってないやろ」

と、俺の膨らんだスポーツバッグを指差して。今日は差し入れと称して、やけに色々な物を貰った。多分誕生日プレゼントなんだろうけど、確かに自分の誕生日なんて女子に言った事は一度もない。でも何故か知れ渡っているらしい。

「だってあの時、そんな事お前何にも言わなかったじゃねぇか」

今頃知った思いがけない事実に、頭は混乱する。ひたすら驚いている。

「やって、恥かしいやろ、誕生日プレゼントに午後ティーなんて。しかもあの時、俺とたつぼんて特別な仲ってわけでもなかったし」
「まぁ、それは、そうだけど」
「たつぼんやって、今日俺誕生日なんだ、とか一言も言わんかったやん」
「や、それはやっぱり恥かしいだろ」

俺はシゲが好きだったから、おめでとうと言われたら嬉しかったと思う。でも、シゲが言うようにあの時の二人は誕生日がどうとか、そんな事を言い合う仲ではなかった。一端こじれた仲が修復最中で、元に戻りつつあるかな、くらいの距離だった。

「でもまぁ、偶々会ったせいでお前にご馳走してもらえたんだよな」

しかも誕生日プレゼントとして。それはそれで嬉しい事だ。

「あの日だけ偶々会う筈ないやん」
「え?」
「今まで一度も学校帰りに会った事ないやろ。なのに、偶々たつぼんの誕生日に会う筈ないやん」

待ってたんやけど、とぶっきらぼうな声で。珍しくシゲが照れているのが分かる。更に知った事実に目が見開く。確かに、それまで全然帰りに会わなかったのに、偶々会ったのが俺の誕生日だったなんて。そんな偶然は有り得ない。じゃあ、あれは偶然ではなく、シゲが起こした必然だったのか。

俺だけがあの時、誕生日を祝って貰ったつもりでいたけど、シゲもちゃんとそう思っていたのか。あれはれっきとした、シゲからの誕生日プレゼントだったのか。嬉しさに頬が緩んでしまう。急ぎ足で背を丸めて歩くシゲの隣りに身を寄せた。

「なぁ、シゲ」
「なに」
「なんでその時、俺の事待ってたの?なんでわざわざ待ち伏せしてまで、午後ティー奢ってくれたんだ?」

こちらを向いたシゲと目が合う。笑っている俺と対称的に、ちょっと苦い表情で。言い難そうなシゲの顔がそこにある。いつもなら聞かないようなこんな質問をしても、今日くらいは許されるだろう。俺の特別な日なんだから。嬉しい言葉をお前の口から聞きたいんだ、シゲ。

「そんなん、決まってるやん」
「なんでだよ」
「たつぼんの事が気になってたから。好きやったからに決まってるやん」

普段は好っきや、と気軽に言ってのけるシゲだけど、こう改まってとなると案外照れる。それでもそのぎこちない言い方に真実が染み込んでいるのが分かり、俺を有頂天にさせるのだ。一年前のあの日も。俺はシゲが好きだった。でも俺だけじゃなかったんだ。お前も同じ気持ちでいてくれてたんだな。

「やけど、たつぼん」
「何?」
「たつぼんかて、一年も前に俺があそこの自販機で奢ったの、ずっと覚えてたんだよな?そんなちっさい事、なんで忘れないでいたの?」

形勢逆転。今度はシゲが悪戯っぽい笑い方で。反対に俺の口元が引き攣る。

「なぁ、なぁ、なんで?」

そんな分かり切った事を。お前が好きだから、好きなヤツから貰った物を覚えているのは当たり前だろう。しかも自分の特別な日に。それが例えどんなに小さな物でも。どんな些細な事でも。忘れないでいるのは、当たり前だ。返事をわくわくした顔で待っているシゲにそう告げるのは癪だけど、さっき嬉しい言葉をくれたからそのお返しに本音を言ってやろうか。
さぁ、どうしようか。

終(2008/11/30)
シゲタツ文へ戻ります