「おー、満開や。めっちゃ綺麗やん」

東京でも桜の開花が報じられて数日。学校帰り、ちょっと遠回りして帰らないかと、たつぼんに誘われた場所は学校から結構離れている桜の名所の並木道。その距離を歩く事を考えると多少億劫で、桜ならここにもあるやん、と校庭の脇でささやかな花を咲かせている数本の桜の木々を指差すと。
もっとちゃんとした立派な桜並木が見たいんだよ、と学校の桜が聞いたら気を悪くする様な事を抜かして、半ば俺を引きずる様な形で目的地に向かった。

それでも見事満開に花を咲かせたその桜並木に着くなり、感嘆の声を出したのは俺の方が先だった。

「めっちゃ綺麗やん」

だろ?と相槌を打つたつぼんは心なしか自慢げな顔をしている。

「お前、ここの桜が咲いてるのを見た事ないって前に言ってただろ?」
「通った事はあるけどな。確かにこの時期に来るのは初めてや」

だからシゲに見せたかったんだ、なんて可愛い顔して可愛い事を言ってくれるたつぼんに心が浮き立ってしまうのは無理からぬ事でしょう。

長い並木道の両サイドに、等間隔に並んで空に伸びている桜の木々たち。俺たちの遥か頭上、天を目指しているそれぞれの枝々の先っぽまで、隙間なく咲いたピンク色の花びらが重なりあっている。見上げると、一面に広がる桃色のアーチ。それがずっと遠くまで続いている様子は正に圧巻、春爛漫。

二人で顔を上に向けて桜の花を見つめながら、ゆっくりと歩く。

「ごっつ綺麗やなー。確かにこれに比べたら、学校のあれじゃもの足りんわ」

な、わかっただろ?とたつぼんが子供の様な笑顔を見せる。
咲き誇る桜の木の下、風に煽られて花びらがはらはらと散る。そんな風景の中にたつぼんはなんの違和感もなく溶け込んでいる。なんや、桜の精みたいやなぁ、なんて柄にもない事を思った。たつぼん相手なら、俺でも詩人になれるかもしれない。だけど、そんな事を言おうものなら、『お前、頭大丈夫か?』とかの一言と共に、冷たい視線を頂戴するのがオチなので、それは心の中だけで思う事にする。

目の前に音もなく降って来た花びらを、たつぼんが手をかざして受け止めた。手の平にぽつんと小さなピンク色。

「…でも桜って儚いよな」

そのピンクを見つめながら、そっと呟く。

「うん?」
「だって咲いてから散るまで、あっと言う間じゃん?こんなに綺麗なんだからもっと長く咲いていればいいのに」

手の平を引っくり返すとアスファルトに落ちていく花びらを、二人でなんとなく見送った。『儚い』なんて単語をさらりと言ってのける男子中学生。それが嫌味なく似合ってるんだから、じじむさいんだか、リリカルなんだか。

「でもな、たつぼん。桜はあっという間に散るから綺麗なんやないの?」
「え?」
「短い間しか咲けへんから、一生懸命咲こ思て、それが綺麗に繋がるんちゃう?俺には儚いっちゅうより潔いって気がするけどな」

暖かい風に優しく枝が揺られて、はらはらと花びらが散っていく。アスファルトに点々と散らばっている小さな桃色。

「…うーん、そうか、な」
「それにな、ほんの短い間しか咲かへんから、みんなこない桜、桜、言うて見てるんちゃう?これがもっと長い間花開いてたら、いつでも見れる思て、みんな大して関心持たへんかもしれんやろ?花て見られる為に、綺麗に咲くんやから、人から見られんかったらかえって可哀想やん」
「そっか。そんな風に考えた事なかったけど」

シゲも偶にはまともな事を言うな、などと失礼な事を言うボンの頭を軽く小突いてやると、小さく笑う様子がとても可愛らしい。俺はいつもまともな事しか言わんのに。
では更に、まともな事をもう少し。

「それにや、たつぼん。ここの桜、こーんな立派な木になるのに、軽く100年は経ってるんちゃう?」
「うん、それ位は経ってそうだよな」

首を大きく曲げないと、その天辺が見えない大樹たち。

「花は確かに一年一年すぐ散るけど、この桜の木ぃたち、俺らが生まれる前からずっとここに居るんやで。春が来る度に花を咲かせて散らせて、の繰り返しや。ずっとやで。儚いどころじゃないやん」

100年前、まだずっと小さかったこの桜たちが細い枝に小さな花を咲かせて、それをその時の恋人たちに綺麗と言われていたかもしれない。
今の俺たちの様に。俺とたつぼんの様に。

あー、やっぱり俺はたつぼん専用の詩人になれそうだ。

本当にそうだな、と綺麗に笑うたつぼんの髪を柔らかい風が揺らした。頭上にはピンクの天井。はらはらと落ちてくる、桜の花びら。綺麗な春の風景。

「…なぁ、シゲ」
「うん?」
「来年の桜もまた、お前と一緒に見れたらいいな」

なんて俺の桜の精が照れ臭そうに言うから。こっちを見ないその横顔に自信満々に言ってやった。

「まかしとき。来年も再来年もその次も。10年後も50年後の桜も一緒に見ようや」
「…50年後って。それまでお前と付き合ってるのか?」
「そや。嬉しいやろ?」
「ってか、くされ縁?」

憎まれ口を叩きながらも、その顔は嬉しそうに笑っているから、俺もつられて一緒に笑った。
咲き誇る桜の木の下で、暖かい風が二人の髪をそっと揺らした。


近い未来も遠い未来も。そして何よりも今、この時。
綺麗なものや、色んなものをこの目に焼き付けよう。
君と一緒に。

終(2005/06/03)シゲちゃんと言えども中学生ですもん。いつまでも、とか思ってもいいですよね。
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