理由


女の子に告白された。

クラスは違うけど同じ学年の子で、結構可愛い。華奢な手足によく手入れされている髪。いかにも女の子らしい女の子。裏庭に呼び出されて、相手は俯き加減で。典型的な告白シーン。

可愛い子に好きだと言われるのは、男の子として光栄だと思うし素直に嬉しい。
だけど、『付き合って欲しい』の言葉にさほど考える間もなくお断りしてしまった自分がいて。

『誰か好きな人がいるの?』と細い声で問われ、そうじゃないけど今は部活やら何やらが忙しくてそういう余裕がないから、と上擦った声で慌てて答えてしまったのは。

『好きな人』の言葉に反応して、同じ部にいる茶色い髪の持ち主を思い浮かべてしまったからだった。


部活終了後の部室。他の部員たちは着替えを終えて皆帰宅。残っているのはたつぼん事、サッカー部のキャプテン水野竜也と俺の二人だけ。部活が終わった後、特に予定がない時にはたつぼんを待って一緒に帰る事が多い。今日の様に。

部誌を書いているたつぼんを机の反対側に座ってぼんやりと見つめる。女の子たちに絶大な人気を誇るその綺麗な顔を。
美人の母親にそっくりだけど不思議と女っぽい印象を与える事のない端正な造り。それを包み込む色素の薄い細い髪。

ああ、そうか。さっき告白された時この顔が浮かんだのは、あの子の髪がたつぼんのに似ていたからだったんだ。あの子も綺麗な髪だった。だからふと思い出したに違いない。そうだ、それだけの事だ。

と、自分自身を納得させて安心しようとしていると。

「…おい、シゲ」
「うん?」
「何じろじろ人の事見てんだよ。気持ち悪いんだけど」

机の向こうから、顔を上げないまま茶髪の持ち主が迷惑そうな声を出した。まさか告白された際にたつぼんの仏頂面の映像が頭を過ぎったとか、それが好きな人と言う単語に反応したのはなんでか解らんと思っていた、とかを言うわけにもいかず。

「えー、いやー、びっしり書いてるな、思って。よくそないに書く事があんな」

苦し紛れに部誌に目をやると、たつぼんの性格そのままに几帳面な整った筆跡が部誌を埋めているのが見えた。小さな細かい文字で。

「別にこれくらい普通だけど。今日だって練習メニュー、色々こなしただろ」
「あー、うん、そやったな。ははは」

意味もなく乾いた笑いを飛ばす俺を気にする事もなく、そのまま手を動かし続けている。

他の部も全て活動を終えているのだろう。人の声や物音が全くしない。辺りが静か過ぎて、たつぼんの出すシャーペンのカリカリと言う音がやけに耳に響く。

上級生から生意気だ、と目を付けられていたのを偶然知って、どんなヤツなんだろうと興味が湧いた。会ってみると確かに、生意気で妥協を知らなくて正論ばかり吐いて。人との軋轢を作り易いヤツだった。
自分とは全く毛色の違うぼんだと思ったけど、話して見ると意外に気があって、いつの間にかつるむ事が多くなっていた。単純で意地っ張りで一途でお子様で。でも一緒にいると楽に呼吸が出来る感じがして居心地が良くって。たつぼんと言うのは、俺に取って今やそんな存在だ。

だけどさっきのは違うだろ、明らかに。思い浮かべる場面が間違ってただろ、と頭を左右にぶるぶると振る。不思議そうにたつぼんが、少しだけこちらに視線を向けた。

「どうかした?」
「いや、なんにも」
「そう」

既に日は落ちていて、辺り一面夕日の色に囲まれている。部室の窓から流れ込んでくるその光がたつぼんの髪を鮮やかなオレンジ色に染める。サラサラの輝く髪。触れてみたい、と思った。

「な、たつぼん。髪、触ってもええ?」
「は?」

俺の言葉にたつぼんが勢いを付けて顔を上げる。

「な、髪触らせて、ちょっとだけ」
「何言ってんだよ、お前。なんでそんな事しなきゃならないんだよ。嫌だ」
「ちょっとだけやから、な。ちょっとだけ」

嫌がるたつぼんを無視してそのまま机の向こう側に身を乗り出した。オレンジ色に染まった髪に腕を伸ばす。

しょうがねーなー、なんなんだよ、全く、と文句を垂れる声を聞きながら、髪に触れる。うわっ、めっちゃサラサラ。指に触れるその感触が気持ちいい。滑らかな柔らかい流れを確かめる様に何度も手の平を往復した。

「たつぼん、髪の特別なお手入れとかしてんの?」
「そんな面倒臭い事してるわけねーだろ。適当に洗って乾かしてるだけだ」

だろうな、と笑いながら納得する。このサッカー一筋少年がそんな所に余計な労力を使っているとも思えない。

自分の指の間をサラサラと流れて行く感触が心地良くて、何度も何度も髪を撫でた。いつまでもこうしていたいと思わせる様な、とてもいい肌触り。その髪を指に絡ませる。

と、「…っ」とたつぼんが息を詰めた気配がしたと思ったら、パシッと手を払い除けられた。

「いたーい、たつぼんの乱暴モン。叩く事ないやろ」
「うるせぇ。もういいだろ、いつまでも人の髪触りやがって」
「やって、たつぼんの髪、すべすべしてて気持ちいいんやもん」
「…お前、触り方、エロいんだよ」

目の前には睨む瞳と仄かに赤い頬。あら、初々しい反応。ちょっとそそるかも、と思ってしまうのは、やっぱりどこか間違っている、と思う。

「エロいってなんやの、それ。ただ髪触ってただけやろ」
「だからそれが変だろ。なんで野郎が野郎の髪を触んなきゃなんねーんだよ」

それはごもっともなお言葉。尤も俺もこれが他の野郎の髪なら、触れたいなんて絶対に思わないけど。

……えーと、今のはなんだろう。他の野郎なら真っ平ご免でたつぼんならOKって。なんで?

「そう言う事は彼女にでもしろ」
「彼女居らんもん、俺」
「…お前なら直ぐ出来るだろ、彼女の一人や二人」

一人や二人ってそんなヒトデナシな事を。

でも確かに彼女なんて作ろうと思えばいつでも作れる。告白だって今日が初めてじゃない。自慢の顔と持ち前の人当たりのいい性格のお陰で、女の子からの受けは極めていい。その気になれば彼女(の一人や二人)位、直ぐに出来るだろうと思う。

思うんだけど。

「…俺が特定の人を作ったら大勢の女の子たちが泣くやろ。それは可哀相やから止めとくわ。ほら、シゲちゃんは皆のアイドルやから」
「…言ってろ」

呆れた様に言うと、再び部誌に向き直りさっき中断した文章の続きを書き始めた。軽いカリカリと言う音がまた聞こえ出す。休みなく動くたつぼんの左手を目で追った。

たつぼんも触れるのだろうか。その手で、誰かの髪を。優しくいとおしむ様に。

「…たつぼんは?」
「何?」
「そう言うたつぼんは彼女とか、作らんの?あんなモテルのに」

好きな人とか、居んの?

サッカー部の練習を見ようと集まってくる大勢の女の子たち。あの子たちの大半はたつぼん目当てだ。だけどその肝心の本人は彼女たちの熱い声援を受けながら、一向に気にする様子もないのだけれど。

たつぼんがゆっくりと顔を上げた。視線が合う。ほんの一瞬だけど、その視線が絡み合った様な気がして、心臓が柄にもなくどきりと跳ねた。

「…そう言うの、別に興味ないし。第一、部の事で頭が一杯で、そっちまで気が回んねぇよ」
「たつぼんらしいお答え。まだまだ女の子よりもサッカー第一なんやもんねー」

茶化す様に言ってやると、予想通り、なんだよ、悪かったな、と不機嫌な声が返って来た。その素直な反応に少しだけ笑った。


よし、終わり、と部誌を閉じて、ペンケースを鞄に仕舞う。シゲが邪魔するからいつもよりも時間が掛かった、と憎まれ口をききながら。

「ひど。たつぼんが一人じゃ淋しいだろうと思って待っててやったのに」
「誰が淋しいって?適当な事言うな。それに誰も待っててなんて頼んでねぇし」
「せっかく空きっ腹抱えて待っとったのに、傷つくわー。結構脆い所があるから、俺」

嘘付け、とたつぼんが笑う。いつもしかめっ面してる方が多いけど、笑った顔は子供っぽくてとても可愛らしい。

「…じゃあ、今日このまま、うち来るか?」
「お、ええの?」
「腹空いてんだろ?なんか食い物くらいあると思うから。待っててくれたお礼に」

誰も頼んじゃいないけどな、と余計な一言をどうしても付け加えなければ気が済まないらしいキャプテンと一緒に部室を出る。ほな、お邪魔しますわ、とありがたくその招待をお受けする事にして、空きっ腹と弾んだ心を抱えて日暮れの道を二人で歩き出した。


特定の彼女を積極的に作ろうと言う気が湧かないのは。
女の子に告られた時、たつぼんの顔が浮かんだのは。
こんな風に一緒に居る時間が溜まらなく楽しいと思えるのは。

色々と間違った方向へと感情が向っている気がしてならないけど、それがどうしてなのかはじっくりとしっかりと考えてみる必要があると思う。

だけど、その理由はもう解っている様な気がするけれど。その事を告げたらどんな顔をするんだろう。隣にいるこの意地っ張りな王子様は。

終(2005/11/13)
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