リボン


冬も近付く寒い早朝。洒落た洋館の前に立つ。門を開けて出て来た茶髪の住人に、よっ、と手を振った。

「おはようさん、たつぼん」と声を掛けると、その彼は予想通り目を見開いて驚いた顔をした。

「おはよ、シゲ…、ってお前どうしたんだよ」

なんでここに?と問い掛ける疑問に笑顔を返す。

「たつぼんをお迎えに。偶には一緒に登校するのもええやろ」
「お迎えって…、どう言う風の吹き回しだよ」

小学生じゃあるまいし、と笑うたつぼんと二人、学校への道を歩き出した。

学校帰りに二人一緒なのは珍しくないけど、朝にと言うのは多分初めて。たつぼんといつも歩く道を反対に辿って行くのは、朝の空気の爽やかさと相俟って凄く新鮮。お迎えなんて珍しい俺の行動を面白がってか、隣りのキャプテンの機嫌も良さそうだ。

「いきなりお迎えってなんだよ。何かあるのか?」

そんな事を面白そうな声音で聞いてくる。

勿論、何かある。朝起きるのが苦手で、朝練の遅刻はしょっちゅう。生真面目キャプテンからいつも小言を貰っている。そんな俺がわざわざいつもより早起きして、わざわざ遠回りしてお迎えなんてした訳は。

わざとらしく後ろ手に隠していた物を、ジャン、と効果音付きで隣を歩くたつぼんに見せるべく腕を伸ばした。
そのまま彼の前に回り込み、そして。

「誕生日、おめでとう、たつぼん」と爽やかな笑顔付きで告げた。

再度、たつぼんの目が見開かれて驚いた顔になる。こんな顔を見られるのは嬉しい。正にサプライズ、と言う奴だろう。

「お前、覚えててくれたんだ。今日が俺の誕生日だって」

驚いた顔はほんの一瞬。見る間に嬉しそうな笑顔が広がった。こんな顔も好き。

「当たり前やん。誰の誕生日を忘れたって、たつぼんの誕生日だけは決して忘れへんよ」
「お前が言うと、何か嘘臭いんだよな」
「うわ、失礼なボンやな。このシゲちゃんのどこに嘘があるねん」
「いや、どこもかしこも」

言葉ではそんな憎らしい事を言ってても、表情はいつになく素直に嬉しさを表していて。喜んでくれてるのが分かるので、このささやかなサプライズは成功だと俺も嬉しくなる。朝、苦労して早起きした甲斐があると言う物だ。

はいっ、と手にしていたブツを渡すと、再び二人で歩き出す。 冬の初めの朝の空気は冷たいけど、澄んでいて気持ちがいい。いつも朝の登校時は慌てていて、そんな事を感じる余裕もないのだけど。

「お前、これ、誕生日プレゼント?」と俺が渡した物を見ながら、たつぼんがくすくすと笑いながら聞いてきた。お、受けてる?これは正に受け狙いの物なので、その様に笑ってくれると大変嬉しい。

「そ。いちおバースデープレゼント、のつもり」
「サンキューな。俺、これ好きだし」

尚も笑いながら、それを目の高さに掲げた。

「やろ。たつぼんの好きな物、チョイスしたんや」

たつぼんにあげたブツ。それは紅茶花伝ロイヤルミルクティー、500mlペットボトル。
に、赤いリボンを巻いて、プレゼント仕様に仕立てた物。

「お前、わざわざこんなのにリボンまで付けて」
「やってそのまま渡したら、只の差し入れやん。バースデープレゼントなんやから、それらしくリボンくらい付けな、思て」
「そっか。うん、確かにプレゼントらしくなってる」

サンキューな、ともう一度たつぼんは言って、笑った。定価158円のペットボトルのプレゼント。たつぼんの笑顔は冷やかしでも皮肉でもなく、純粋に嬉しそうな笑顔だけど、それが却って申し訳なく感じてしまう。

「…堪忍な、たつぼん」と片手を目の所まで持って来て、片目を瞑って見せた。

「何が?」

きょとん、とたつぼんが目を見張る。

「誕生日プレゼントがそれって、あんまりやろ。今、ちょっと余裕なくて。…堪忍」

今度はぺこりと頭を下げた。

日用雑貨やら身の回りの物やら、贅沢はしなくても結構金は出て行く。義務教育機関とは言え、金は掛かり、部活なんてやっていたら尚更だ。たつぼんの誕生日は勿論前から覚えていたけど、今月は思ったよりも出費が多くて、プレゼントらしいプレゼントを買う余裕がなかったのだ。

それならせめて、誰かが言う前に1番にお祝いを言いたい。誰よりも先におめでとうを言いたい。そう思って待っていた。でも肝心のプレゼントがこれでは、カッコが付かないと言う物だろう。

「なんで堪忍?お前、覚えててくれたじゃん、俺の誕生日」
「やけどな…」

俺の誕生日の時には、たつぼんからちゃんとした物を貰っているのだ。それを思うと、やっぱり申し訳ない。

「…シゲ、俺さぁ。今日が自分の誕生日って忘れてたんだ」
「え、そうなん?」
「うん」

たつぼんの方を見ると、横顔が笑っている。ペットボトルに結んだ、赤いリボンが揺れる。

「朝起きたら母さんに、誕生日おめでとう、って言われてさ。それまですっかり忘れてて。言われて 、あ、そう言えば、って思い出した」
「なんや、そりゃ…」

自分の誕生日を忘れるなんて。 だけどなんだか、たつぼんらしい、と納得してしまう。しっかりしている様で、変な所で間が抜けてたりするのだ。いつもは冷静沈着なこのキャプテンは。

「だから、自分でも覚えてなかったのを、お前はしっかりと覚えててくれただろ?お前が朝に迎えに来るなんて初めてだから、ひょっとして、とは思ったんだけど」
「うん」
「やっぱり、俺の誕生日だからそんな珍しい事してくれたんだ、と思ったらさ。…うん、滅茶苦茶、嬉しかった」
「…たつぼん」
「これだって、俺が好きな物だから買ってくれたんだろ?これで充分だって」

サンキューな、と今日3度目のお礼を言われる。やっぱり笑顔付きで。

そんな可愛い顔で、そんな可愛い事を言ってくれるなんて。めっちゃ嬉しいじゃないですか。嬉しさの余り、今この場でちゅーしたい気持ちになったけど、そんな事をしよう物なら、たつぼんの14才の初殴りを食らいそうなので、ぐっと我慢する。

不甲斐無い彼氏で、申し訳ない、たつぼん。その代わりに、愛だけは溢れる程にありますから。

「…もうちょっとしたら、助っ人の仕事が入りそうやから。そしたら、何かプレゼントさせてな」

別にいいのに、と呆れた様に言った後、でもそんなに言うなら、貰っとくか、といつのも調子でぶっきらぼうに言い放つ。目だけは笑いながら。

「おう。ちょっと待っといて」
「期待してていいのか?」
「勿論。どんと期待しといてや」

二人で顔を見合わせて、ふふっと笑い合った。

朝の淡い太陽の光で、たつぼんの髪が輝く。つやつやして綺麗やな、なんて柄にもない事を思った。冷たい空気も二人なら気にならない。

「でも、たつぼんの誕生日祝うの、1番最初に言いたい思ってたんやけど、2番目かぁ」
「うん?」
「いや、でも真里子さんが1番なのは当然やな。たつぼんをこさえてくれたんやから、感謝しなきゃならない人やしな」

こさえたってなんだよ、その言い方は、と苦笑した後で、一拍置いて。

「…2番目じゃなくて、5番目だ」と言い難そうに言った。
「5番目?」
「母さん、百合子、孝子、祖母ちゃん、…で、お前」

なんだか済まなさそうなたつぼんの声。最後の『お前』は既に呟きの様だった。言い難いなら、別に言わなくても良さそうな物なのに、それを馬鹿正直に言ってしまうのが、たつぼんのたつぼんたる所以で。申し訳なさそうなたつぼんとは反対に、込み上げる笑いをなんとか食い止めた。

「…ところで、シゲ。お前今日、うちにメシ食いに来る?」
「お、行ってもええん?」
「うん、何か母さん、張り切ってご馳走作るとか言ってたから、一人くらい増えてもなんともないと思う」
「うわ、それは有り難い。謹んで御招待、受けさせて頂きます」

お前、大袈裟、とたつぼんが笑う。子供の様な笑顔で。

見た目のクールな整った容貌と、あまり気安くない性格から、たつぼんは人に近寄り難い印象を与える。交友関係もさほど広くない。だけど俺から見たたつぼんは、感情が豊かで、それが直ぐ顔に出て分かりやすくて。総じて子供っぽい所が、可愛らしくて。

そんなたつぼんは、俺しか知らない。そして俺しか知らなくていい。他の誰も、知らなくても。

「な、たつぼん、その後、泊ってってもええ?」
「別にいいぜ。泊まってけば?」
「おおきに。夜にはサービスさせて頂きますから」
「…サービスってなんのだよ」
「え、たつぼん、言わせるの?こんな朝っぱらから。たつぼんのエッチ」
「…やっぱお前、来んな」

スタスタと歩調を早めた背中を笑いながら追う。

「行ってもええって言ったやーん」
「やっぱり訂正。来なくてもいい。むしろ来んな」
「きっちりサービスしますから」
「そのサービスが要らねぇの」
「遠慮せんと」
「遠慮じゃねぇ。拒否だ」

口ではそんな事を言いながら、笑顔のたつぼんと朝の道を歩く。学校までは後少し。桜上水の王子様は、学校に着いたら、大勢の女子たちに誕生日のお祝いをされるんだろうから、もう少し、二人だけで居たい。
だから、もう少しゆっくり歩いて、たつぼん。


今日は自分ちに泊めさせて、たつぼん。誕生日おめでとうを言ったのが、俺は5番目やったんやろ?なら、日付けが変わる直前にもう一度おめでとうを言わせて。そしたら、俺が1番最後におめでとうを言う事になるやろ?

やっぱり、1番におめでとうを言いたいから。

終(2006/11/30)
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