恋するペンギン
シゲに珍しく映画に誘われた。OKした後で何を見たいのかと聞けば、意外にも南極に生息している飛べない鳥たちの映画の題名が帰って来た。
映画を見終わって二人で寄ったファーストフードの店。さっき買ったばかりの
パンフレットを眺めては、しきりにシゲが可愛いを連発している。
曰く、群れているのが可愛い、腹這い歩行が可愛い、子ペンギンが殺人的に
可愛い。それは重々分かるんだけど、この金髪男からそんな言葉や感想が出て来るのは全く以って似合わない。機嫌良くページを眺めているシゲに思った事を口にする。
「でもお前がこんな映画見たがるなんて意外だな」
「そ?」
「うん、お前ならアクションかSF物か。それかホラーって感じだけど」
「あー、そう言うのも好きやけどな。…実は俺、元々ペンギンが好きやねん」
「え、そうなのか?」
それは初耳だ。へーと思いながら目を見開く。
「うん、あのもこもこっとした所がなんとも言えへんやろ。可愛くって、もー、ぎゅーと抱き締めとうなるわ」
ぎゅーの所でシゲが拳を握り締めた。抱き締めたくなるなんて、そんな感情は俺だけに向けていろなんて事は、勿論口が裂けても言えない。そんな事を思いながらコーラを一口飲み込む。こんな所でこんなものを飲む様になったのは、明らかに目の前にいるやつの影響だ。
「いつの日か南極に行ってペンギンを直に見るのが俺の夢やねん」
言いながらパンフレットのページをシゲが捲る。心なしか口元が緩んでいる。
「そりゃ、無理だろ。ペンギン見に南極に行くなんて」
「そんなあっさり無理の一言で片付けんといてや。たつぼん、ほんまに夢がないー」
夢とロマンはいつでも持ち続けなあかんで、とシゲが人差し指を小さく左右に振る。こいつはどこまで本気なんだか。
「悪かったな、夢がなくって。だってマイナス40℃だぞ。ヒトとして耐えられないだろ、実際」
「耐寒服をがっつり着込んで。後は、根性やな」
「あー、はいはい。夢とロマンと根性で乗り切れ。せいぜい凍死しない様に頑張れよ」
「…たつぼん、その言い方、可愛くない。馬鹿にしとるやろ?」
「いいえー、別に馬鹿になんかしてません。お前にそんな壮大なんだか可愛らしいんだか分からない夢があったのに驚いてるだけです」
「…やっぱり馬鹿にしとる」
たつぼんに馬鹿にされるなんて、心に隙間風が吹く様やわ、と嘆く振りをするシゲに小さく笑う。ペンギンが好きとか、南極に行きたいとか。今日初めて知った事は全くシゲらしくないけど、なんだか可愛らしくて可笑しい。
「ま、ええわ。いつか南極に行く事があったらたつぼんも一緒に行こな」
「一緒にって、買い物じゃあるまいし。やだよ、そんな所」
「えー、一緒に行って一緒にペンギンの群れ見ようや」
「やだ、あんな寒そうな所。てかそもそも無理。行くんならお前一人で勝手に行け」
「…たつぼんは南極のブリザードより冷たい」
ぶーたれながらシゲがポテトに手を伸ばした。その金色の髪が日に当たってキラキラと光る。長い髪の毛先が揺れる。
明るくて目立つシゲの髪。どこに居ても人目を引く。隣に座っている女の子たちがシゲの方をちらちらと見ている。お前、その髪と顔で目立ち過ぎなんだよ。なんとなく面白くない、と思いながら俺もポテトに手を伸ばした。
明るいその髪を見ながら変な想像が湧いた。もしシゲみたいなペンギンと俺みたいなペンギンが居たとしたら。頭が金色と茶色のペンギンが居たとしたら。白と黒のペンギンの群れの中、きっと凄く目立つだろうな。お互いがどこに居ても直ぐに分かる。離れ離れになったとしても直ぐに見付けられる。
「だけど、こいつらも大変やな。食事一つするのに何ヶ月も歩いて離れた所に行かなきゃならないんやから」
自分の頭の中で考えていた変な想像に密かに受けていると、シゲが声を掛けてきた。シゲが見ているページに目を遣ると、そこに一羽のペンギンが卵を温めている写真がある。
「あ、うん、エサを取りに行くのも命懸けなんだよな」
子育てをする場所とエサを摂る場所は遥かに離れている。卵を持ってエサ場には行けないから、パートナーと交代で食事に行く。何ヶ月も掛けて。残された方は卵を抱えて、パートナーが帰ってくるのをひたすら待つのだ。
吹雪にさらされて。空腹を我慢して。
「もし俺たちがペンギンだとするやろ。んで俺が残って卵を温めてて、たつぼんがエサを摂りに行ったとしたら、その間心配でしゃーないやろうな。たつぼん、不器用やから魚ちゃんと捕まえられるだろうか、とか」
「なんだよ、それ。不器用とか言うな。て言うかヒトを勝手にぺンギンにするな」
さっき頭の中で、俺たちをペンギンに見立てたのがばれたのか、とちょっと焦る。そんな事はある筈はないのに。
「あ、でもたつぼんすばしっこいから、敵に襲われる事はないやろな。上手い事逃げてちゃんと帰って来るやろ」
「いや、お前、人の話を聞け」
パートナーと離れ離れの長い間。あの暢気な風貌をしたモノトーンの鳥たちは一体何を思っているんだろう。
---寒い。辛い。お腹が空いた。
そして愛しいあの子は無事だろうか。敵に襲われていないだろうか。一刻も早く帰って来て元気なその顔を見せて。---
でもシゲ。俺たちがペンギンだとしたら、俺たちじゃどんなに頑張っても卵は生まれない。だから離れ離れにならなくてもいい。一緒に食事に行けるな。良かったな、って何を考えてるんだ、俺。
「…やっぱ、たつぼん、一緒に南極行こ」
「……えぇ、何?いや、南極なんて行かねぇって言ったろ、ペンギンじゃないんだから」
再び頭に浮かんだ変な想像に一人で照れていた為、反応するのが一瞬遅れた。慌てて返事をすると、だってほら、とシゲがある写真を指差す。
ニ羽のペンギンが仲良く寄り添っている写真。
「だってこいつらこんなにラブラブやん。なんか悔しいから俺らだってラブラブなとこ南極まで行って見せ付けてやろ」
「…お前は、何動物相手に張り合ってんだよ。そもそも俺らのどこがラブラブだって?」
「え、ラブラブやん。こんなに思い合うてるやろ」
「いや、それはお前の気のせいだから」
「照れんでええから」
「全然照れてないから。お前の妄想」
やっぱりたつぼんはブリザード並みの冷たさや、とシゲがわざとらしく顔を顰める。
ストレートなシゲ。素直じゃない俺。お前のストレートな言い方に素直に返せない。
仲良く寄り添っているペンギンたちをそっと覗き込んだ。
ペンギンはいいな。だって寄り添うのに理由が要らない。寒いから体を暖める為にいつでもくっ付いていられる。甘えるのに理由が要らない。
俺だってシゲに甘えたいと思う時があるのに、なんとなく恥かしい。照れ臭い。
シゲみたいに素直に思った事を言えない。素直に振舞えない。
だからいつでも寄り添っていられるペンギンはいいな。
「…南極はやだけどさ。と言うか無理だろうけどさ」
「うん?」
「水族館位なら付き合ってやってもいいけど」
ペンギンを見に。
お、ほんま?とシゲが表情を明るくさせた。
「よっしゃ。じゃあそこのペンギンたちに俺らのラブラブさを見せ付けに行こな」
「だから、お前は動物相手に何を張り合って…」
にかっと満面の笑顔を浮かべるシゲに呆れた声で返す。でもその後でシゲの笑顔につられる様に俺の顔にも笑いが浮かんだ。
南極はきっと無理だけど。一緒に行こう、シゲ。お前の好きなペンギンを見に。
もし俺たちがペンギンだったら。頭が金色と茶色のペンギンが居たとしたら。
氷の白。吹雪の白。ペンギンの白と黒。その中で俺たちみたいなペンギンが
いたらきっと目立つ。
人間の俺はなかなか素直になれないけれど、ペンギンの俺はきっと素直に振舞える。だって南極は寒いから。シゲペンギンにくっ付くのに、それだけで十分な理由になる。
俺たちがペンギンだったら、金髪ペンギンと茶髪ペンギンは南極の白い世界の中で、きっとニ羽いつも寄り添っている。
終(2005/10/17)
二人が見た映画は「皇帝ペンギン」です。もう目茶目茶可愛いかったですVv