眠り姫

昼休み。クラスメートたちと昼食を取った後、いつもの場所へと向う。屋上の給水塔の横。屋上特有の強い風を受けながら短いハシゴ階段を昇り切ると、広がる青空をバックに先客が居るのが目に入る。眠れる森の美女ならぬ、眠れる屋上の王子。
俺のいつもの定位置でたつぼんがくーくーと気持ち良さそうに寝息をたてて眠っている。

「…たつぼんがお昼寝?珍しいなぁ」

王子様の寝顔を見つめながら、その隣に腰を下ろした。

遮るものが何もないままに空が見渡せるこの空間が気に入っていて、昼メシ後にここに来るのが俺の日課。それにつられる様に、たつぼんも昼休みにちょくちょくとこの場所に足を向ける様になった。二人で黙って空を見上げながら寝転んだり、他愛のない話をしたり。そんななんでもない自然な時間がとても好きだったりする。居心地がいい。

今日はここへ来る途中、夕子ちゃんからやたらと重いダンボールを運ぶ手伝いを頼まれて、着くのが遅くなってしまった。たつぼんの方が先に来ているのが初めてなら、こんな風に寝入ってしまったたつぼんを見るのも初めて。如何にたつぼんとはいえ、今日の気持ちのいいぽかぽか陽気が運んできた睡魔には勝てなかったと言う事か。

さっきのダンボールの重さには辟易して、『腰を痛めたらどうしてくれるねん』などと心の中で文句をたれたけど、こんな可愛いらしい寝顔を見る事が出来たんだから、夕子ちゃんへの苦情は無い事にしてあげよう。

コンクリに広がっている茶色い髪を一掬いすると、それはサラサラと指の間から流れ落ちていく。自分のとは違う、人工的ではない、自然のままの色素の薄い髪。
その細い髪の感触が指に心地いい。

『なぁ、たつぼん、髪触ってもええ?』
『駄目。…ってなんで触ってんだよ、シゲ。今、駄目って言ったじゃねぇか』
『たつぼんの髪サラッサラ。めっちゃ気持ちいい』
『お前は…。人の返事を聞く気がねぇなら最初っから聞くな』
『たつぼんかてこうやって俺に髪触られるの、好きなくせしてー。顔、ふやけとるで』
『…ふ、誰がだよ。ふやけてなんかいねぇ。適当な事言ってんじゃねぇよ』

そんな会話をしたのは水曜日だったっけか。
むきになって否定するその言い方が可笑しくて、笑いながら伸ばした腕はあっさりと振り払われてしまったけど。本当に怒っている訳ではないのはその赤い耳と険しくない目を見れば分かる。
素直じゃなくって、直ぐむきになるのはぼんたる証。

「ほんま、サラサラやな…」

すっかり自分の指に馴染んだその滑らかさを堪能する。
たつぼんの髪にこんな風に触れる事が出来るのは、自分だけだ。

瞼を閉じているとそれを縁取る睫毛の長いのがよく分かる。
あまり日に焼ける事のない白い肌。パーツの一つ一つが端正に整った小さな顔。

「…綺麗な顔したぼんやな、全く」

こんな綺麗な顔して、サッカー部のキャプテンで、おまけに成績優秀な優等生で。これで女の子にもてない方がおかしいと言うものだ。
自分も女の子からの受けはいい様で、告白を受けるというのは割とよくある事。
お互いに告白されたとか、けたくそ悪い事を報告し合う義務もないので、本人から聞いた事はないが、この王子様もそんな事はしょっちゅうだろうと言う事は容易に想像出来る。
それを思うと正直不安になったりもするけれど、女の子たちの黄色い声援を受けながら、そんなものはまるで我関せず、耳に入らないと言った様子でボールを追いかけている姿に何度安堵の溜息を付いた事か。その無関心さがなんとも心強くも頼もしい。

人に執着するとかされるとか、うざったいだけの感情だと思っていた。そんなものには無縁で生きてきた。でもこのぼんだけは別。めっちゃ執着している自分が居るし、たつぼんからなら執着されてもただ心地良いだけ。

ごめんな、たつぼんファンの子たち。悪いけど、このぼんは俺のやから。
誰にも渡す気なんかない。その視線の先すらも。想いの一かけらすら。自分らには向けさせへん。
まるごと全部、俺のもんやから。

起きてる時には眉間に皺を寄せてる事が多いのに、眠っている時のぼんは表情が穏やかで、幸せな夢を見ている子供そのもの。それを見ている俺の頬はさっきから緩みっぱなしだ。
この可愛らしい子供の体に寄り添って抱き締めて、添い寝をしたいという衝動にさっきから駆られている。だけど、そんな事をしようものなら、昼休みをすっ飛ばして午後の授業までも寝入ってしまうのは確実だ。
そうすればこの優等生から、なんで起こさなかったんだよ、と文句を言われるのは目に見えているので、その魅力的な考えは残念ながら却下。

それに眠っている顔も可愛いけど、そろそろその目に映った俺の姿が見たくなった。寝起きの舌足らずの声で俺の名前を呼んで欲しくなった。

ならば、眠っているお姫様を起こすにはやっぱりこの方法で。王子様からの目覚めのキスを。目を覚ました後でそれを告げたら、やっぱり顔を赤くして怒るんだろうな。素直じゃない、俺限定のお姫様は。

だけど、目覚めた時に目に入るものが、抜ける様な青空をバックにした、愛しのシゲちゃんの笑顔なんて、最高やろ?

終(2005/08/08)
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