ネィビー


『お前、30日にうちにメシ食いに来る?』
『行ってええの?勿論行く。行きまっせ』

と言う、シゲに色気も何もない誘い方をしたのが自分の誕生日の3日前。中学生にもなった息子の誕生日のご馳走を数日前から考えている母親に苦笑しながら、楽しそうな顔を見てるとそんな大袈裟にしなくてもいいから、とも言い辛く。どうやらその日は俺の好物ばかり、大量にテーブルに並ぶ事になりそうだ。二人の叔母達は仕事で帰りが遅いし、母さんと祖母ちゃんはそれ程量を食べられない。豊富に用意されるであろうご馳走のほとんどは自分の割り当てになるだろう。

残すのも勿体無いし、お前も一緒に食べるの手伝ってくれ、そんな風に言うと、そんな助っ人なら喜んで、毎日でもどうぞ、なんて金髪が調子良く答えた。

でもどんな誘い方をしても、自分の誕生日と言う特別な日にシゲが一緒に居てくれたらいい、居て欲しい。思うのは結局そんな事なんだけれど。


普段通りの部活の練習を終えた、30日その日。部室にはいつものように部誌を付ける俺と、椅子に座って俺を待っているシゲの二人だけ。そのシゲがさっきから分刻みで、まだ終らんの?たつぼん、を連発して来て鬱陶しい事この上ない。

「まだだ。お前、それさっき聞いてから、一分も経ってねぇぞ」
「もう、早よ終らせてんか。自分の誕生日くらい、さっさと切り上げてもバチ当らへんよ」
「誕生日関係ねぇだろ、って言うかお前がさっきからそう話し掛けるから中々終わらないんじゃねぇか。ちょっと大人しく待ってろ」

早よ、早よ、と急かす男を無視してシャーペンを走らせる。

いつも通りのハードな練習、いつも通りの空腹。部活が終って水飲み場で二人になった時、さぁ、ご馳走や、ご馳走と上機嫌な様子のシゲに笑ってしまった。

『やけにテンション高いな、お前』
『やって楽しみやもん。真里子さん、めっちゃ料理上手やし。久し振りに美味いモンたらふく食える思たら、テンションも上がるわ』

いつものシゲの食生活を考えると浮かれるのも分からないでもないけど、そうメシメシばかり連呼されるのもちょっと複雑。そのメシの理由が何か分かってる?俺の誕生日だからだぞ。その重要な所分かってる?そんな事を思っていると、あ、でも何たって嬉しいのはたつぼんの誕生日にご招待されたからやで、と自分の心を見透かされた風な事を言われて一瞬焦る。

『招待って、大袈裟な。言っただろ、食べ物が食べ切れなかったら勿体無いから、お前に手伝って貰いたいんだって』

うんうん、分かってますって、と大きく頷いた後で、

『やから、そのお手伝いに呼ばれたのが嬉しいんやないか。たつぼんの誕生日におうちに呼ばれて、その上美味しいご馳走まで付いてて。こんな嬉しい事、滅多にあらへんやん』

呼んでくれておおきにな、とにっこりと笑われて、心拍数が上がったのがついさっき。

俺だって嬉しいよ、シゲ。俺の生まれた日に一緒に居てくれて。一緒に過ごしてくれて。うちに来てくれてありがとうな。

とは口には出さない俺だけど。

「…よしっと、これで終了」

部誌を最後まで書き終えてパタンと閉じる。シャーペンを仕舞いながら、待たせたな、とシゲに声を掛けた。待ちくたびれたで、と金髪が大袈裟な動作で伸びをした。

「15分くらいしか経ってないだろ。これでもお前が急かすから急いで書いたんだぜ」
「毎日毎日、よう書く事あんなぁ。昨日と同じ、でええやないの」
「毎日練習メニュー違うだろ。お前に書かせるとずっと昨日と同じになりそうだよな」

だから、お前には絶対に部誌は書かせない、そう言うと、それは大助かりや、そんな面倒臭いもん、書きたくないし、と憎たらしい返事が来た。

「じゃあ、行くか」
「あ、ちょう待って」

荷物を手に持とうとすると、シゲが部室の隅の方へと向った。人を急がせたかと思うと、ちょっと待ってと来た。なんなんだ、お前は。

そんな文句を言おうとすると、こちらに戻って来たシゲが持っているのは、綺麗にラッピングされた紙の包み。それをニコニコ顔のシゲから渡される。

「真里子さんたちの前で渡すの、恥かしいから先に渡しとこ。誕生日おめでとう、たつぼん」
「…ありがとう、シゲ」

いつも金がないを連発している、万年金欠のシゲだ。おめでとうの言葉だけでも十分だと思っていたけど、こんなプレゼントまで用意してくれてたなんて。素直に嬉しくて、ちょっと感動した。

「中、見ていいか?」

どうぞ、どうぞ、の言葉を受けて、包装紙を開く。手に持った感触はあまり重くなくて柔らかい。なんだろう、と包みを開く俺の様子を、シゲが相変わらずニコニコ顔で見守っている。

「…セーター?」

紙を開き終えて入っていた物を目の前で広げて見る。それは濃い紺をベースに、襟と手首の辺りにオフホワイトのラインが入ったセーターだった。それとシゲの顔を交互に見る。

しっかりと編み込みがされていて、全然安っぽい品物には見えない。金がないシゲが無理をしたんじゃないだろうか。プレゼントで値段の事を聞くのは無粋なのは分かってるけど、高かったんじゃないのか?そんなセリフが出そうになって、ふと気付く。商品なら必ずある筈の、襟ぐりの所にあるべきタグがない。

「…あれ?」

もう一度シゲとその襟ぐり部分を交互に見る。

「ひょっとして、自分で編んだのか?これ」
「ご名答」

紛れもなく、シゲちゃんブランドや、と明るく言われ、言葉を失った。よくよく見ても編み目が綺麗に揃っていて既製品にしか見えない。これをこいつが編んだの?本当に?

シゲの特技の一つに手芸というのがあるらしいけど、こんな物まで作ってしまえるなんて。なんでこいつは、こんなに色んな事が出来るんだ。感心するのを通り越して呆れてしまう。

「な、着てみて、たつぼん。サイズ、どうや」

促され、学ランの上着を脱いで、シャツの上から紺色のセーターを着てみる。頭を通して、袖を伸ばすときつ過ぎずゆる過ぎず丁度いいサイズだった。ぴったり俺の体に合う。おー、似合てるやん、と嬉しそうなシゲの声。

「サイズもええみたいやな」
「うん、いい、丁度いい。凄いな、お前。よくこんな風に俺にぴったりに作れたな」
「やってたつぼんのサイズなら、いっつも測っとるやん」
「え?いつ?お前にそんな事された事ないだろ」

そんな事されたっけ?と、首を傾げていると、シゲがにやり、と口の端を上げた。

「やから、こう、こうやってたつぼんを抱き締めるやろ?そしたら、自然に大体のサイズも分かって…、アイタ」

そのヨコシマな言い方と腕の仕草から、情事の時の事をシゲが連想しているのが分かって、顔に血が昇った。手の平で素早く金髪を叩いてやる。

「もー、たつぼんの乱暴もん。今日で一つお兄さんになったんやから、その直ぐ手ぇ出す癖直してや」
「お兄さんとか言うな。お前が手を出させる事ばかり言うからだろう。お前こそそのふざけた事ばかり言う癖直せ」
「ふざけたってホンマの事やん。こう、たつぼんの肩幅とか、腰回りとか、この腕が自然に覚えてしまってるんやから、しゃーないやん。ま、俺だけの特権やけどな」

何がしゃーないだ。何が特権だ。何故か得意げに言い放つシゲに、恥かしいんだか、嬉しいんだかで、また顔に血が昇りそうだ。

視線を落として紺色のプレゼントを見る。サイズもいいし、暖かいし、とても着心地がいい。自分は編み物なんてした事はないけど、こんなのを作るのは凄く大変だろうと言うのは想像出来る。だってあんな細い毛糸からこんな形のある物を作り出すなんて、気の遠くなる様な作業だ。少なくても、一日や二日で出来る物ではないと思う。シゲが学校で編み物をしている姿を見た事はないから、きっと毎日部活が終った後で編んでいたんだろう。大変だったろうな、とちょっと申し訳ない気持ちと、俺の為にそこまでやってくれたんだ、と嬉しい気持ちが混ざり合う。

「これ作るの大変だっただろ?」
「いやいや、全然。これくらいシゲちゃんの手に掛かれば、朝飯前や」

そう言ってお前は笑うけど、きっとそんな事はないと思う。でもシゲが陰の苦労を見せるのを嫌いなのを知ってるから、そう言う事にしておこう。

「そっか。でもお前、本当に手先が器用だよな。編み目なんてすげー綺麗に揃ってるし。どこかの店で買ったって言っても、全然大丈夫だぜ」

まぁまぁ、その位の事はあるけど、褒め言葉はその辺で、なんてふざけた事を言った後で、困った様な笑いが浮かんだ。

「実は、ちょっと対抗意識なんてあったりするんやけど…」
「対抗意識?」

いきなり話題に関係ない単語が飛び出して来て、目が見開いた。誰が誰に対する対抗意識だと言うんだろう。

「この季節なら、たつぼんの誕生日に手編みのマフラーとか編んでプレゼントする子が居るんやないか、思って。確か去年は貰った、言ってたやろ」
「あぁ…」

一年前の今日。手編みらしいマフラーのプレゼントを貰った。結局一度も使っていない。今年も、まだ実物は見ていないけど、手にした感触からそれらしい物を受け取った。多分、それも使わないだろう。

「手編みのマフラーのプレゼントはあっても、多分セーターまでは居ないだろ、思ってな。こんなのプレゼントするの俺だけや、どや、俺の勝ち、みたいな気持ちになってもうてん」
「いや、そこで勝負にしなくても」
「そなんやけど。女の子らは可愛らしく大手を振ってたつぼんにプレゼント出来るやん。たつぼん、ほんまは俺のもんなのにそれは言えへんし。せめてプレゼントで、差ぁ付けてやれっちゅう思いがむくむくと湧いてな」

ちょっと頑張りました、とセーターを指差して、シゲが苦笑する。

今日、沢山誕生日プレゼントを貰った。ほとんどが話した事もない女子からで、部室に置いてあった紙袋に纏めて入れてある。持って帰るなきゃ、と多少気が重い荷物だ。そう言う品物は貰って嬉しいというよりも、ひたすら困る。プレゼントを受け取っても、気持ちを受け取れないからだ。それなら、最初から受け取らなければいいんだけれど、贈られる多くの物は勝手に机や靴箱に入れられて拒否が出来ない。偶に手渡ししてくる子が居たら居たで、緊張した切羽詰った表情に負けて、つい受け取ってしまう。気持ちは受け取れないのに。困惑する思いだけが残る。

さっきシゲからプレゼントを貰った時は、凄く嬉しかった。シゲから貰う物だったら、何でも絶対嬉しい。例え、言葉だけだったとしても。それは俺がシゲを好きだからだ。シゲから貰った気持ちを、俺が受け取る事が出来るからだ。

バカだなぁ、シゲは。俺がプレゼントを貰って嬉しい相手はお前だけなのに。気持ちを受け取りたい相手はお前だけなのに。そのお前が一体誰相手に対抗意識なんて持たなきゃならないんだよ。

そんな事、口には出せない俺は、一言バーカ、とだけ言った。

関西人にバカは禁句やで、とお決まりのセリフが出て来る前に、自分の唇でシゲのをそっと塞いだ。言葉では言えない俺の、お前が好きなんだ、の意思表示。それくらい分かっとけ。

唇を離すと、驚きに目を大きく見開いてるシゲが居た。お前、キスの時は目くらい閉じとけ。常識だろ。

「…わぁ、珍しい。たつぼんからのちゅー」

唇を触って、しみじみと言うシゲの言葉に顔が熱くなった。

「お前が対抗意識とか、バカな事言うからだ」

お前からのプレゼントが一番嬉しいの決まっているのに。お前からのプレゼントだけが嬉しいに決まっているのに。本当にバカだな。

さ、今度こそ帰ろうぜ、と学ランを手に取る。

「俺もう、腹空いた。母さんたちも待ってるぜ」
「うん、俺も腹ペコ。けど、もうちょっとだけ待って、たつぼん」
「今度は何…」

言い掛けると、もうちょっとちゅーしよ、とシゲの顔が近付いて来た。さっきのだけじゃ、足りへんもん、なんて低い声で囁かれてその気になってしまった。まぁ、いいか。今日で一つお兄さんになったんだし、なんて訳の分からない理屈で簡単に納得する。

ごめんなさい、母さんに祖母ちゃん。二人共、首を長くして待っているだろうけど、もうちょっとだけ待って下さい。俺は今ここで、とってもタチの悪い、でも大好きな男に捕まっています。そう心で謝って金髪を抱き込む様に腕を伸ばした。

終(2007/11/30)
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