もう一つ
「え、何これ?」
某年7月8日金曜日。天候晴れ。部活終了後のサッカー部部室にて。 これでも見てもうちょっと待ってろ、と俺が無造作に渡した紙の袋を受け取りながらシゲは声を上げた。
「何って、何だろ。今日はお前の誕生日なんだから。誕生日プレゼント、だろ」
袋と俺を交互に見るシゲの驚いた視線に照れて、口調は自然とぶっきら棒になる。決してプレゼントを渡す言い方ではない。でもそんな俺に気にする風もなく、目の前の金髪は素直に嬉しそうな笑顔を見せた。
「うわ、めっちゃ嬉しい。おおきにな」
「いや、そんなに喜ばれると気が引けるんだけど。あんまり大したもんじゃないし」
「えー、何言うてんの。プレゼントっちゅーのは、気持ちやで。き・も・ち。大したもんじゃないとか、そう言うの全然なし」
開けて見てええ?と聞くシゲに、もちろんと返す。笑顔のまま包みを開くシゲを見て、再び 部誌へと視線を落とした。
7月8日金曜日。今日はシゲの誕生日だ。シゲの誕生日だからと言って当然部活は普通にあるし、俺は部誌をいつも通りに書く。そしていつも通りにテーブルの向こう側に座ったシゲが、さっきからうるさいのだ。腹が減った、たつぼん、まだ終わらへんの?俺のバースディなのに。もっと、ちゃっちゃと書いたら?、たつぼん、まだー?全く、うるさい、うるさい。
俺だって今日くらいは早く部誌を書き終えたい気持ちはあるけど、我ながら几帳面な性格なせいで今日だけ適当に書くという事も出来ないのだ。今日の練習内容を思い返し、シャーペンを走らせていると脇から金髪がごちゃごちゃとうるさい。
そもそもお前がそんな風に言ってきて気を散らせるから 中々終わらないんだろう。こういうのは集中して一気に書いた方が効率的なのに。まだ?まだ?と、うるさいヤツの気を逸らすために、いつ渡そうかと朝から考えていた物を今、渡した。今日から2コ上になったくせに、こんな時のシゲは本当に子どもっぽい。
そのうるさくて大きな子どもは、なんやろ、と独り言を言いながら袋の中の薄い紙の包みを開けている。その嬉しそうな姿に、つられてこちらも笑顔が浮かんだ。
そう言えば小さい頃は、誕生日やクリスマスのプレゼントが凄く嬉しかった。箱や包みを開ける時の、中身はなんだろうと考えるワクワク感が堪らなかった。自分が欲しがっていたあれだろうか、と胸がときめいた。しばらく忘れていたそんな感情を、思い出させてくれたシゲの喜び方だった。
「お、Tシャツやん」
包装を開いたシゲが明るい声を上げる。目の前に広げたそれは、この前俺が買ってきたもの。ええ色やん、とシゲが自分の胸に当てた。
「ど?似合っとる?」
「うん、いい。似合う」
部誌を書くのを中断して、素直な感想を言った。自分では決して選ばない、くすんだ赤に派手なロゴ。散々悩んだけど、実際にシゲの胸に当てられてる色は、シゲの金髪に似合ってると思う。良かった、と内心胸を撫で下ろす。
「Tシャツ、丁度欲しいな思ってん。ええタイミング」
さっすがたつぼん、なんて上機嫌オーラ全開のシゲを見ていると、色々悩んだ甲斐があったと思う。実はここ一ヶ月程、ずっとシゲの様子を観察していた。ショップを覗く素振りから、会話の端々から何か欲しがってるものはないか、今何を一番欲しがってるか。もちろん高価なものは無理だけど、自分の買える範囲で何を上げたら喜んで貰えるか。
色々情報を収集した結果、無難だけどTシャツがいいんじゃないかと決めた。よれたのを何枚か処分してちょっと足りないと言っていたし。たかがTシャツ、されどTシャツ。シゲと俺は着ている服の趣味が全然違う。自分が欲しいようなのはシゲには似あわなそうだし、かといってただ派手にすればいいというわけでもないし。あれでもない、これでもない、と結構悩んだ。時間を見つけて何軒かショップを回った。自分が着るTシャツならこんなにあれこれ考えたりしないし、一つの物を買うのにこんなに色々悩むのは初めてだった。
そして、こんな風にあれこれ考えて色々と悩むのが楽しい事なんだと知ったのも初めてだった。好きなヤツにプレゼントを選ぶ。喜んでくれるだろうか。喜んで欲しい。喜ぶ顔が見たい。そんな事を考えるのが、こんなに楽しい事だったなんて。
「早速、着てみようか。いや、でも今は汗臭いし。せっかくのたつぼんからの誕プレやし、綺麗な小ざっぱりしたシゲちゃんの時に着た方がいいやろか。いや、でもはよ着たいかも…」
なんて言いながら葛藤しているシゲに吹き出してしまった。どっちがええ?なんて聞くから、どっちでもいいから、と笑って答えてやった。たかがTシャツ1枚に悩んでる姿は、日頃の決断力の良さなど感じさせない。本当に喜んでくれてるんだな、と嬉しさが込み上げる。
汗臭くても、小ざっぱりでもどっちのシゲでもいいんだけどな。口には出さない言葉を頭の中で思っていると、うん、やっぱり小ざっぱりシゲちゃんの時に着よ、とTシャツを袋に入れ直している。お披露目はちょっと待っとってな、なんて俺に言いながら。丁寧にその袋を入れたシゲのスポーツバッグが、いつもよりも膨らんでいる事に実はさっきから気付いていた。
愛想も人当たりも(ついでに顔も)良いこいつは女子にモテる。多分今日も、色々とプレゼントを貰ったんだろう。俺というものがありながら、受け取る時にへらへらしてたんじゃないだろうな。いや、こいつの事だからへらへらしたに決まってる。でもまさか、今のお前程には喜んだりはしてないだろうな。そんな事を考えていたら手に力が入って、シャーペンの筆圧がやけに強くなってしまった。シゲの事だと、いつも簡単に心を乱されてまう自分がちょっと悔しい。
一応いつもよりはスピードアップして書いた部誌を、終了と言って閉じる。終わったぞ、と声を掛けると、待ってました、と金髪が笑顔を見せた。
「さ、はよ行こ。はよ。俺、腹減って、腹減って」
「俺だって散々空いてる。お前だけじゃねぇ」
「やろ?やから急ご。さ、お好み焼き、お好み焼きや」
今日は部活の後、シゲに奢ってやる約束をしていた。もちろんシゲの誕生日のお祝いとして。と言っても所詮小遣いを貰っている中学生の俺。潤滑な資金源があるわけではないし、大した事は出来ない。それでもせっかくのシゲの誕生日だし、シゲの好きな物でも奢ってやると話を持ち掛けた。何でもええの?と期待に満ちた視線に、一瞬財布の中身を心配したけど、シゲが出したのは学校から歩いて行ける場所にあるお好み焼き屋の名前だった。
『うちのクラスのバレー部のやつらが、あそこは結構美味いって言ってたな』
『結構イケルで、あの店。たつぼんは行った事あらへんの?』
ない、と返すと、なら俺がお勧めメニューを選んだるわ、と機嫌よく言った。お好み焼き屋なんて滅多に行った事はないし、特別に行きたいとも思わない。でもシゲと一緒だったら、自分がそれほど興味のない物や場所でも構わない。たちまちそれが楽しみな物や場所に変わってしまう。お好み焼き屋に行くのを待ち遠しく思っているのが、最近の自分なのだから。
部室の所定の場所に部誌を戻し、スポーツバッグにペンケースを仕舞う俺に、ささ、急いで、とシゲが急かした。はいはい、と適当に相槌を打つ。
「やけど、奢ってくれるのが誕プレやと思っていた。まさかこれまで頂けるとは思ってなかったから嬉しさ倍増や」
まさにサプライズやな、とシゲがさっきTシャツを入れた自分のスポーツバッグを指差して言う。たつぼんから二つもプレゼント貰えるなんて、とも。
「まぁ、予算がなんとかなったから。今月はあまり欲しい物がなかったから、金を使わなかったし」
それは半分は本当で半分は嘘。あまり金を使わなかったのは本当、欲しい物がなかったのは嘘。それなりにCDやら本やら欲しい物はいつもある。でもそれは来月の小遣いを貰うまで我慢すればいい事。シゲの誕生日はこの月しかないから持ち越しは出来ない。自分以外のヤツの為に自分の欲しい物を我慢するなんて、そんな経験も初めての事だった。でもそれが全然イヤじゃなかった。むしろシゲのためと思うと楽しかった。そしてシゲのこんな嬉しそうな顔を見られたんだから、来月まで持ち越しの我慢なんて全然帳消しだ。
プレゼントって貰う方も嬉しいんだろうけど、渡す方もやっぱり嬉しいんだと知った。相手の喜ぶ姿が見られるんだから。
「ところでたつぼんはお好み焼きちゃんとひっくり返せるん?」
部室を一通り点検して、さぁ帰るかと言う所でシゲが聞いてきた。
「え、出来るだろ、それくらい」
「やった事あるん?」
「…ない、けど」
記憶を追ってみる。小さい時何度か家族と一緒に外でお好み焼きを食べた事はある。あるにはあるけど、ひっくり返すのはいつも親だった。自分で返した事などない。
「いや、だってそれくらい出来るだろ。誰にでも出来るんだから」
へー、とにやにやするシゲに強気で返す。別に出来るだろ、俺だって。
「いやいや、結構あれって難しいんやで。下手に返すとべちゃってなってまうし。たつぼんはどうかなー」
笑いを含んだ口調にむかつく。俺が人並み外れて不器用なのをからかっているのだ。
「そんなに技術がいるなら、お前が俺の分までひっくり返してくれよ」
「でも今日は俺が主賓やし。もてなし側はたつぼんやしなー」
「何が主賓だ。お前がそんなにいいものか」
「やって俺の誕生日やもん、主役やん。主賓やん。もてなして欲しいわー」
ま、どうしてもたつぼんが出来ひんようやったら、俺が華麗なひっくり返しを披露するけど、とからかう様な口調で。そうまで言われたら得意の負けん気がふつふつと湧き出してくる。
「わかった、やってやるよ。お前が絶賛するくらい見事にひっくり返してやる。その代わり綺麗に返せたら、参りましたと言えよ」
「いつの間に勝負になってるんや」
それでも、金髪は楽しみにしてまっせ、と愉快そうに笑った。まったくむかつくヤツだ。俺にだって出来るだろ、お好み焼きひっくり返すくらい。誰でも普通にやってるんだから。
…いや、出来るんだろうか。その『誰でも普通に』が時として出来ない不器用な俺だ。なんだか不安になって来た。こんな事ならあらかじめひっくり返しの自主練でもしておけば良かった、なんて思いながら外へと向かった。でも、もし失敗してべちゃっとなったとしても、文句を言わせずに、主役で主賓のこいつに綺麗に食べてもらおう。
失敗した俺をやっぱり、と言って笑うシゲや、その後、美味しそうに形の崩れたお好み焼きを平らげるシゲが想像出来て、それはそれで悔しい思いが込み上げるのだけど。
部室から外に出ると、空にはオレンジ色が広がっていた。お、とシゲが声を出す。
「今日は一日天気が良かったし、綺麗な夕焼けやなぁ」言ってシゲが目を細めた。本当に綺麗なオレンジ。
「最近雨が多かったのに、俺の誕生日にこないにええ天気になるなんて」
「ついてたな」
「ちゅーか、シゲちゃんの日ごろの行いがええからやな。天の神さんがご褒美くれたんやな、きっと」
こいつの言う『ええ行い』っていうのはどんななんだ。どれだけレベルが低い『ええ行い』なんだ。お前の日頃の行いがいいなんて恥ずかしい事を他所で言うなよ、と言うと、失礼なぼんやな、と即行で突っ込みを入れられた。そのタイミングの良さに笑う。
空きっ腹を抱えて夕焼けの道をシゲと歩く。さっきシゲが言ったように、今日は一日晴天だった。良かった、と心の中で思った。
奢る事とTシャツと。二つのシゲへの誕プレに加えて、俺だけが勝手に思っているプレゼントがもう一つある。それは今日の快晴だ。
季節柄 しょうがないけど、最近は雨の日が多い。綺麗に晴れた日などもう何日も前の事だ。なんや最近、さっぱりせん天気ばかりやなぁ。ここ数日で雨が苦手なシゲから、そう何度も愚痴を聞いた。
昨日見た今日の天気予報も曇りで降水確率は40%と微妙なものだった。明日はせっかくのシゲの誕生日なんだから晴れればいいのに、と昨日の夜自分の部屋から夜空を見上げた。そして思わず、明日晴れますように、なんて心で願ってしまったのだ。
そんな事サッカーの試合の前の日だって思った事がない。遠足の前の日の小学生じゃあるまいし。そう願った後で恥ずかしくなってしまったけど、別に誰に見られたわけでもないし、誰に言うわけでもない。心で思うくらいは自由だ、と開き直り、もう一度暗い夜空に向かって願いを込めた。
『明日はシゲの誕生日なんだから、晴れますように』
朝、起きて外を見上げると青い空が目に飛び込んできた。その眩しい青さは一日中変わらなかった。シゲの誕生日に偶々天気が良かったのは単なる偶然。それは分かっている。分かっているけど、こうも思ってしまう自分が居た。俺が滅多にしない『願い事』なんてものをしたものだから、空の神様か誰かは分からないけど、珍しがって聞き入れてくれたのかもしれない。きっとそうだ。勝手にそう思ってしまおう。俺が柄にもない、小さな子どものような事をしたから。誰かが願いを聞き入れてくれたのだ。だから、今日の晴れは俺のおかげだ。お前へのもう一つのプレゼントだ。
「何笑っとんの?たつぼん」
こんな事を思うなんて、本当に自分の柄じゃなさ過ぎて可笑しくなってしまった。自然に笑いが込み上げて来たらしい。
「え、いや。うん、今更だけど今日が晴れて良かったなって、思って」
「そやろ。やっぱり、シゲちゃんの日ごろの…」
いやいや、違うから、と突っ込みを入れると、たつぼん、突っ込むの上手くなったなぁ、と喜んでいいのかどうなのか、な言葉を貰った。いやいや、本当に違うから。お前のレベルの低い『ええ行い』のせいではなく、俺の真摯なお願いのせいだから。俺のお前を思う、心からのお願いのせいだから。
空きっ腹を抱えて夕焼けの道をシゲと歩く。これから俺には、難しい作業が待っているらしい。お好み焼きをひっくり返すという作業が。それでもシゲと一緒なら大変な作業でもなんでも楽しいんだろう。
そう言えば、誕生日おめでとうをまだ言ってない事に気付いた。どうしよう、いつ言おうか。おめでとう、と。今言ってしまおうか。そして、お前が生まれてきてくれて、本当に嬉しい、というのは言えるかな。恥ずかしいけど、今日くらいは頑張ってみるか。シゲの特別な日なんだから。俺の本当の気持ちを伝えるために。
終(2011/07/08)