水溜り


雨の日の帰り道。隣を歩くのは、いつもの見慣れた金髪。それぞれの傘の下、雨の音を聞きながら歩く。
大粒で大降りの雨は、辺り一面を濡らしてアスファルトの道路のあちこちに大小の水溜りを作っている。その水溜りを避ける様に、何となく蛇行して歩いた。

ふとシゲが、一つの水溜りの脇を通る時、わざとスニーカーを突っ込んで派手な飛沫を作った。

「何やってんだよ、シゲ」
「うーん、なんとなく。強いて言うならそこに水溜りがあるから」
「なんだよ、それ」

有名な登山家のセリフをもじったシゲの返事に小さく笑った。

「でも、ちっさい時ってわざとこういう事せぇへんかった?」

言いながらシゲが水溜りの脇、すれすれを歩いて行く。飛沫がはねる。

「まぁ、確かに。でも子供の頃って雨の日は長靴を履いていただろ。だから水溜りに入っても平気だったんじゃないか?」

見れば無造作に歩くシゲのスニーカーは水気を吸ってぐっしょりだ。

「あー、長靴な。確かにそうかもな」

そう言えば子供の頃は、わざと水溜りに入ったり、傘を振り回して歩いてびしょ濡れになったりして、母さんによく叱られたっけ。昔履いていた、好きだったヒーローがプリントされてた長靴を思い浮かべながら、そんな事を思い出した。
昔は雨の中を歩くのが嫌いではなかった。濡れるから、と雨が憂鬱な物になったのは、一体いつからだろう。

「シゲが昔履いてた長靴って、黄色だった?」
「うーんと、いや。…確か青やっと思うけど。なんで?たつぼんは黄色やったん?」
「いや、俺も青だったけど。お前はその髪とお揃いにして、黄色いの履いてたのかなと思ってさ」
「…あんなぁ、たつぼん。俺かてチビの頃からこないな髪にしてたわけやないで」
「あ?だってお前その髪地毛なんだろ?それなら子供の頃からその色の筈じゃねぇか」
「しもた」

大袈裟にシゲが、しまった、と言う表情を浮かべたので笑ってしまった。そんな分かり切っている事を何を今更。

黄色い髪をした小さなシゲが、黄色い長靴を履いて黄色い雨合羽を着て、上から下まで真っ黄色な姿を想像すると益々笑いが込み上げて来た。何、一人で笑ってんねん、とシゲが突っ込みを入れても笑いは止まらなかった。

一人でくすくす笑っていると、何が楽しいのか、金髪野郎は水溜りに出会う度に、敢えてその中を歩いて行く。小さな飛沫が一つ。二つ。もうズボンの裾までびしょ濡れだ。

「お前、何だってそんな歩き方してるんだよ。足元見ろよ。びしょびしょじゃないか」
「うーん、なんや面白うて。もう濡れてはるから気にならんし」

人為的な水飛沫がまた一つ。呆れた声で言ってやる。

「…子供か、お前は」
「そうやなぁ、たつぼんはお行儀のいい優等生やからなぁ。こないお行儀の悪い真似は出来ひんもんなぁ」

からかう様なシゲの口調。目が可笑しそうに笑っている。俺が優等生と言われるのを嫌いなのを知ってて。ふーん、そう言う事言うんだ、お前は。

丁度目の前に来た大きな水溜りの表面を、シゲの方に向けて左足で蹴り上げた。大きな水飛沫がシゲのズボンに盛大に掛かる。

「うわ、何すんねん、このぼんは。ズボン思いっ切り濡れたやないか」
「うん?何って?キックの練習。俺ってほら、優等生だから。練習はいつでも欠かさないでやってるんだ」

口の端を上げて言ってやると、シゲも負けじと目を細めて来た。

「ほー、そないな事するか、このぼんは」

言うなりシゲが俺の傘の柄を自分の方に素早くぐいと引き寄せた。

「うわ」

頭の上に何もなくなった俺に、大粒の水滴が容赦なく降り注ぐ。

「何すんだよ、濡れるだろ」
「濡れる様にやったんやもーん」

お返しー、とシゲが悪戯っ子の様に笑う。

「…このやろ」

こっちこそお返し、と今度はシゲの傘を自分の方に引き寄せた。うわ、と間抜けな声を出したのは、今度はシゲの方だった。勢いでシゲの手から離れた傘が路上に転がる。

「ここまで濡れたんやから。ほら、たつぼんも一緒に濡れよ」
「やなこった。お前一人で濡れてろ」

俺の傘を奪おうと伸ばすシゲの腕。取られまいと防御の姿勢を取る俺。用を成さなくなった傘は二人の間を行ったり来たり。いつの間にか二人で笑い転げながら、雨の道を蛇行して行く。

頭のてっぺんからつま先まで、もう全身びしょ濡れ。今日もやっぱり母さんに叱られるんだろうか、昔の様に。シゲ、お前のせいだぞ。そんな事を笑いながら、思った。

だけど雨の日がこんなに楽しいなんて久し振りだ。
なぁ、シゲ。お前と一緒なら、こんなに簡単に子供の頃の自分を呼び戻せるよ。


終(2006/06/22)
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