ミニチュアワーゲン
「たつぼん、イブの日にたつぼんちにメシ食いに行ってもええ?」
いつもの様にシゲと二人で歩く学校からの帰り道。金髪男が呑気そうな声で言った。12月も半分を過ぎて、吹き付ける冷たい北風に身を竦ませていた時だった。瞬間、返事に詰まる。
「あ、ひょっとして家族皆で食事に出るとかする?」
「いや、それはないけど」
「あかん?なら無理にとは言わんから」
「…いや、別にいいけど。大丈夫だと思う」
「ええん?サンキュー。これで寺で侘しいクリスマスを過ごさんでも済むわ」
嬉しいわーと喜ぶシゲとは裏腹に、俺の心の中はちょっと複雑。
「なんかたつぼんちって、クリスマスとか豪華なご馳走作りそうやん。真里子さんもばーちゃんも料理めっちゃ上手やし」
「他んちの事は分かんねぇけど、確かに料理は色々作るみたいだな。母さんたちそう言うの好きだし」
「そうやろ?やー、楽しみやわ、たつぼんちのクリスマスディナー。あ、でも本当にええんかな。家族水入らずのパーティに俺、お邪魔して」
真里子さんに確認取ってからの方がええ?と珍しく遠慮勝ちな事を言い出すシゲにちょっとだけ笑う。何を今更。
「多分母さんも駄目だって言わないと思う。却ってお前が来たら賑やかになるって喜ぶんじゃないかな」
「やろか。うーん、やっぱり日頃の行いの良さかな。な、時間は何時位に行ったらええやろな」
「うーんと、そうだな…」
嬉々として話を続けるシゲの横顔を盗み見ながら、軽く脱力している自分がいた。小さく心の中で溜息を付いた。
…別にいいんだけど。
今度のクリスマスはシゲと付き合い出してから、初めて向えるクリスマスだ。なんとなく世間的にはイブは恋人同士で過ごすものらしい、と言う事はイベント事には興味がない俺だって知っている。男子中学生同士である俺たちが、ロマンチックなデートなんて出来るはずもないのだけど、せめてどこかに一緒に出掛けたりして一緒に過ごす事は出来ないだろうか、と12月の声を聞いてからこっち、そんな事ばかり考えていた。今までイベント事なんてまるで関心がなかったのに、と自分でも半ば呆れながら。
回りから少しずつクリスマスの話題が耳に入って来る度に(主にクラスの女子達やうちの伯母達からだけど)、心臓が跳ねていた。シゲはどうするんだろう。どう過ごそうと思ってるんだろう。恋人たちの日と言われているその夜を。
あいつと二人きりになる度に、口から出そうになっていた言葉。
『お前、イブはどうするの?』
でも二人でいてもサッカーの話や雑談ばかりで、そんな話題にはちっともならなくて、何となく言えなくて。でも気になって。ここの所、ずっと頭から離れなかった事だと言うのに、こいつがあっさりと言うには。
『メシ食いに行ってもええ?』
こう来た。
イブにシゲがうちに来ると言う。結果的にはその日をこいつと過ごせる。それはそれでいいんだけど、でもさっきの言い方だと、単にうちにメシを食いに来るだけみたいじゃないか。メシだけが楽しみみたいじゃないか。
イブにシゲと過ごせたらいいな、なんて考えてるのは俺だけで。シゲはそんな事全然思ってなくて。あの言い方だとシゲはうちをメシ食い処か何かと思っているみたいじゃないか。なんだか悔しい。複雑な思いで、楽しそうに揺れる金髪を見ながらもう一度心の中で溜息を付いた。
「こんばんは、お邪魔致します」
24日、当日。ほとんど約束した時間通りにシゲはうちにやって来た。出迎えた母さんに、深々と頭を下げてお辞儀をする。
うちの母さんや祖母ちゃんがシゲを気に入っているのは、明るい性格やハキハキとした物言なんかに加えて、こんな風にしっかりと挨拶が出来るからでもあるのだ。外見はこんなだけど、実はきちんと躾られていると思わせる所が端々にシゲにはある。礼儀正しい不良ってどんなだよ、と脱いだスニーカーをきっちりと揃えているシゲの背中を見て思った。
もうちょっとで準備が出来るからそれまでたっちゃんの部屋で待ってて頂戴ね、との母さんの言葉に従って、二人で俺の部屋に向う。何かお手伝いする事はないですか?と声を掛けるのを忘れない辺り、本当に如才のないやつだ。
「しかし、でっかいツリーやったなー」
俺の部屋で早速寛ぎながら、シゲは居間に飾られていたツリーの事を言い出した。俺やシゲの身長よりも更に高さがあるツリー。その枝々に所狭しと飾られているクリスマスのオーナメント。リースに天使にサンタ。それに点滅する電飾。ああいうのを飾り付けるのは女性陣は好きらしく、この前の休みの日に母さんや祖母ちゃんと一緒に百合子や孝子も楽しそうに飾っていた。なんとなくたつぼんちのツリーっぽいよな、とシゲが言うので、俺んちっぽいって何だよ、それは、と反論する。いや、なんとなく、とシゲがくすりと笑った。
「あのツリーっていつ買ったん?」
「あー、えーと、2年前、かな」
「そんな新しいん?」
「うん、今年で3回目かな、出すの」
「ふーん、ツリーって子供がちっさい時に買うイメージあるんやけど。もしあれをたつぼんがちっさい時に買ってたら、見上げるくらい大きかったやろな」
小さい俺と大きなツリーの対比を想像しているのか、愉快そうな声音でシゲが言った。
「だって俺、小さい時からこの家にいたわけじゃないぜ」
俺は別にここで育ったわけじゃない。あのツリーを買ったのは俺がここの家に来てからだ。この家に来た初めてのクリスマスの時に、祖母ちゃんが買ってくれたものだ。
そう言った時、シゲがしまった、と言う顔をした。シゲは大雑把に見えて、結構気を使うやつだ。今となっては両親の離婚もそんなにキツイ出来事でもないけど、シゲにしたら不用意な事を言ったと思っているのだろう。表情が硬い。
「あー、たつ…」
「あ、でも確かに2年前は俺の身長より大分高かったぜ、あのツリー。見上げてでっかいなーって感激してたし」
「そっか…」
「あのさ、あの一番上に星あったの気付いた?」
「テッペンのでっかいやつ?」
「うん、あれな、あの星付けるの、俺の役目なんだ」
「そうなん?」
「下の飾りは全部付け終わっても、星だけは俺が付けるって決まってて。俺が星付けてツリーが完成するんだ」
「…なんかええな、それ」
やっぱり、たつぼんちっぽい、とシゲが目を細めて笑った。その柔らかな笑い方は俺を安心させるものだ。
「頼られてるんやな、たつぼん。水野家でただ一人のオトコノコやもんな」
「…頼られてるから星付けなのか?どっちかって言うと、子供の仕事だと思ってるんじゃねぇの?うちの女連中は」
「でもたつぼん、結構気に入ってるやろ、星付け」
「…まぁな。別に嫌いじゃないけど」
たつぼんの嫌いじゃないは、イコール好きって事やもんなーとシゲが楽しそうに笑う。素直じゃないんやから、と。それは確かにそうなので、ちぇ、っと言いながら俺も一緒に少しだけ笑った。確かにテッペンに輝く星を載せるのは、結構好きだったりするんだ。
「ところでな、たつぼん。俺、たつぼんにプレゼントあるんやけど」
ひとしきり笑った後で、そこらに脱ぎ捨てていたジャケットにシゲが手を伸ばした。食事の前に渡しとこ、とそのポケットから小さな包みを取り出して、メリークリスマス、たつぼん、の言葉と一緒にそれを渡される。
「え、シゲ、プレゼント?俺に?」
こいつがクリスマスのプレゼントとか考えてるとは全く思わなくって、自分は何も考えていなかった。何も用意していなかった。
手の平に乗る小さな包みとシゲの顔を困惑しながら交互に見た。
「勿論、たつぼん以外に誰がおるねん」
「…でも、シゲ、俺何も用意してないんだけど」
声のトーンが下がる。
「あ、別にいいねん。俺が勝手に買いたかっただけやし。それに日頃の感謝の意を込めて」
「何かそれ、お歳暮みたいなんだけど」
こいつにだけ買わせて俺は何もなし、か。ちょっと情けない気持ちのままシゲからのプレゼントを見つめた。
「気にせんといて。あんな、俺こないにたつぼんとイブを過ごせるだけで、十分なんやから」
その意外な言葉に、目を見開く。
「せっかくのイブやからたつぼんと一緒に過ごしたい、思ってん。やけどたつぼんちって、こう言うイベント家族できっちりやりそうやろ。外に連れ出すのは、拙いやろなー思て。やから、こないにお邪魔さして貰たんやけど」
「シゲ…」
「ひょっとして迷惑かな、とか、イブは家族で過ごすから、とか言われるかも思って結構ドキドキしてたんや、あん時。やから、たつぼんがOKしてくれて、めっちゃ嬉しかった」
そうだったのか。シゲも同じだったのか。一緒にイブを過ごしたいと思っていたのは、俺だけじゃなかったのか。うちをただのメシ食い処と思っていたわけじゃなかったのか。嬉しくって口元が盛大に緩んでしまった。
「これ、中見てもいいか?」
「勿論、どうぞどうぞ。見て下さいな」
なんだろうな、と綺麗にラッピングされた包装紙のテープを丁寧に剥していく。身を乗り出して俺のそんな行為をシゲが見守っている。
包装紙を剥して中の箱から出て来たものは。
「ワーゲンだ…」
手の平にちょこんと乗るサイズの、フォルクスワーゲンのミニチュアカー。前にシゲと買い物に行った時、あるお店でこれを見つけた。シゲが他の所で買い物をしていた時に、可愛いと思って手に取って見ていたものだ。でも、ミニカーなんて子供っぽいし、シゲに見られたら何か言われそうで、直ぐに陳列棚に戻した。手にしていた時間はそんなに長くはなかったと思うけど、シゲはそれをしっかりと見ていたのだろう。
手の平の上でそれを前後に走らせた。可愛い。
「それ見てたやろ、前に一緒に買い物に行った時」
「うん、これ。お前見てたんだ、あの時」
「やってシゲちゃん、いっつもたつぼんの事見てるさかい」
その言葉にストーカーかよ、と笑って返す。でもそれなら負けないんだけどな。俺だっていつも見てる、シゲの事。
嬉しくて、微笑むシゲの顔が直ぐ近くにあったから、その唇に自分のをそっと重ねた。顔を離すと驚きに固まってる顔がある。ちょっと笑えた。
「サンキューな、シゲ。すげー嬉しい」
「…あ、うん。うわ、びっくりしたー。たつぼんからちゅーしてくるなんて。珍しい」
「いや、俺からプレゼント何もないから。お礼の代わりに」
こんなプレゼントならいつでも歓迎やわー、とシゲが目を細める。
「なぁ、たつぼん、お礼ならもちっと長いのくれる?」
シゲの笑い方が柔らかいものから悪戯っ子の様なそれに代わった。調子に乗って、お前は。
だけど、まぁ、いいか。今日はイブだし。恋人たちが一緒に過ごす日だし。母さんが呼ぶまでの時間、シゲにキスのプレゼントをしよう。いいぜ、と腕を伸ばすと、俺の反応に驚いて目を見開いたシゲがいた。でも直ぐに目を閉じて唇を押し付けたので、その後、シゲがどんな顔をしていたのかは分からない。
終(2005/12/26)