窓ガラス
「待たせたな、シゲ。帰るぞ」
部活が終わった後の部室。残って居るのはシゲと俺だけ。 いつもの様に、部誌を書く俺をシゲが待っている。
外は雨。明るい日の光がないせいで、部室の中も薄暗い。
俺が部誌を書いている間、珍しくシゲが俺にちょっかいを出す事もなく、大人しく待っていた。ペンケースを鞄にしまって、窓の近くに座っていたそいつの方へと向う。
「帰ろうぜ、…ってお前、何やってんだよ」
窓ガラスに指を這わせていたシゲの方に視線をやると、曇った窓ガラスに書かれていた物。それは三角形の下に伸ばした線の両脇に書かれた『佐藤』と『水野』の文字。いわゆる相合傘と言うやつだ。ご丁寧に小さく飛ばされたハートが2つ。
「…何、書いてんだ、お前は」
お、たつぼん、終わった?とシゲがこちらを振り向く事もなく呑気な声で言った。
「何って愛々傘やで。俺とたつぼんの」
言いながら、シゲがもう一つハートを追加した。お前今、アイアイガサを寒い漢字に変換してただろう。
「こうやって帰るんやもんなー」
部活の終了近くになって小さく落ちていた雨は、今や本降りになっている。
夕方からの降水確率は高い数字だったけど、家を出る時雨が降っていなければ傘を持って出る筈のないシゲは、やっぱり今日も傘を持って来なかった。
一緒に帰る事が当たり前になっている俺たち。必然的にシゲを傘に入れて帰る事になっている、様だ。
「何を大人しくしてるかと思ったら。ほら、帰るぞ」
そのイタズラ書きを消すべく、勢いを付けて手の平を2度程往復させた。
途端に、あ、ひどい、たつぼん、と抗議の声が聞こえる。
「何がひどいんだよ、あんなの残して帰れないだろ」
「えー、やけど、消し方に愛がないっちゅーか、威勢良過ぎっちゅうーか」
たつぼん、ほんまにつれないーと言うブーイングを無視してドアの方へと向う。小学生か、お前は。
「はいはい、じゃあ、つれない俺は一人で傘差して帰るから」
お先、と手を振ると、こら、待てや、とシゲの声が近付いて来る。その慌てた声に小さく笑った。
「置いてかれたら、シゲちゃん、びしょ濡れで帰らなあかんやん」
「傘を持ってこないお前が悪いんだろ」
「やって、たつぼんが絶対持ってくるのが分かってるのに」
「俺はお前の傘係かよ」
「と言うか、たつぼんは俺のお世話係」
「…やな係だな」
うんと嫌そうな顔をしてシゲの方を見ると、視線が合ってなんとなく二人して吹き出した。
しょうがないな、面倒みてやるよ。その笑顔が好きだから。お世話係でも。傘係でも。
男二人じゃ狭いけど。絶対に濡れるけど。一つの傘収まって、一緒に帰ろう。
部室を出る時、今は何も書かれてない窓ガラスをちらりと見た。シゲが書いたのは相合傘の俺たちの回りに小さいハートが3つ。あの窓ガラス一杯にハートを書き殴ってやりたい衝動に駆られたなんて事は。絶対にお前には言わない。
終(2006/04/02)