待ち時間


改札口を抜けて足早にホームへと向う。階段に差し掛かった時に聞こえたアナウンスは、まさに自分たちが乗ろうとしていた電車の出発を告げる物だった。

急げば間に合うぞ、と走り出そうとしていた腕を咄嗟に掴んだ。反動で揺れる体。何だよ?と向けられる視線。まぁまぁ、とその腕を取ったままゆっくりと階段を降りれば、目当ての電車のドアは閉まりそのままホームから滑り出て行く。二人でそれを目で追い、見送った。

「あー、行っちまったじゃないか」

小さくなって行く電車の後方部を見た後、走れば間に合っただろ、と批判めいた目線と言葉を寄越す茶髪にしれっとした顔で言ってやった。

「駆け込み乗車は、大変危険なのでやめましょう」

正論を吐かれて一瞬バツの悪そうな表情をしたけれど、それを誤魔化すようにわざと大袈裟に言ってくる。

「うわ、シゲがマトモな事を言ってる」
「やってシゲちゃん、きちんとした常識人やもん」
「お前のその格好のどこが常識人だよ。どこから見ても規格外のくせして」
「たつぼん、ヒトを見掛けで判断したらあかんで。外見はどれだけファッショナブルでも、中身はまっとうなマナーを持ち合わせとるのが俺やから。『駆け込み乗車は、大変危険なのでやめましょう』」

先ほどのセリフをもう一度ゆっくりと言ってやると、分かった分かった、とたつぼんが苦笑いを浮かべる。

「そんな事言って、本当は疲れてて走れなかったんじゃないの?お前」

悪戯っぽく笑いながら、そんな可愛くない事も付け加えたけど。


最寄りの乗降口に二人で並んで立つ。休日の夕方を過ぎて、夜に近付いた時間。自分たちと同じようにホームにポツポツと並んで電車を待つ人たち。足早に通り過ぎる人たち。違うホームに流れる電車の発車のアナウンス。賑やかな駅での光景。

所在なさげにたつぼんが腕時計を覗き込む。

「次の電車来るのって、どれ位後だよ」
「さぁ。でもこの時間帯やとそんなに時間掛からんで来るんちゃう?…あー、ひょっとして、たつぼん、家に帰るの遅くなって、真里子さんに叱られるの怖いとか?」

からかう様に言ってやると、そんな筈ないだろ、と予想通りの剣幕で答えが返って来て、その素直な反応に笑う。

「子どもじゃないんだから、そんなのが怖いわけねぇじゃん。ただこんな所に突っ立って、どれ位待ってなきゃならないんだろうと思っただけだ」

直ぐムキになる辺り、充分子どもだと思うけど、そこの所はスルーしてやる。はいはい、と笑顔で言ってやると、なんとなくお前ムクツク、と軽く睨まれた。

「ところで、さっき買ったCD。そのうち貸してや」
「分かった。MDに落としたら貸してやるよ。あ、ついでに本も貸すか?」
「あの分厚いの?あっちはええわ。あんなのページ開いただけで寝てまいそうやもん」

たつぼんが買ったのは、最近評判になっているらしい推理小説。枕にするには少し低いくらいの厚さで、あんなのを最後まで読み切る自信などこれっぽっちもない。

「お前…。お前も活字くらい読めよ。頭だって多少は活性化させなきゃ劣化するだけだぞ」
「多少はって失礼な。活字くらい毎日6時間も見とるで。学校で」
「毎日授業中寝てばっかりのお前に、6時間も見られる筈ないだろ」
「見てもいないのに、何や、その言い切り方は」
「見なくても分かる」

そうだろ?と問われれば、まぁ、そうやけど、と渋々認めざるを得なくて。
まぁ、シゲだからな、と可笑しそうに笑う笑顔がとても可愛いと思う。言ってる事は憎らしいけど。

憎らしい事を言われても、こんな取り止めのない会話が堪らなく楽しいのだ。少しでも長引かせたくなるほどに。


久し振りに部活の練習のない休日。久し振りに二人で街に買い物に出た。いわゆるデートと言うヤツ?ショッピングモールの中の色々な店をハシゴして。ファーストフードのセットメニューで長々と居座って。

学校帰りはいつも一緒に帰っているけど、そうじゃない時の二人きりは本当に久し振りで。こんな風に出掛ける度に知る、二人の好みや趣味の違い。ショップに入る度に手にする物が違うのだ。でもそんな違いを知る事も楽しくて。好きな相手と過ごす時間はあっと言う間に過ぎてしまう。今日も既に家路に向わなければならない時刻になってしまった。

うるさく言う親と住んでいない俺と違って、たつぼんには門限がある。普段から部活で帰りが遅いだけあって、それは多少遅めの設定ではあるけれど、いつまでも遊んでいられるわけには、当然いかない。
さっき、乗り損ねた電車で帰れば、水野家の門限には余裕で間に合った。本数が多い路線だから、それほど待つ事もなく次の電車が来るだろう。多分、門限ぎりぎりに間に合うくらいには。

門限に遅れたらあの美人の真里子ママが鬼のように怒るとか、それがたつぼんが怖いとかでは当然なく、生真面目な彼だから門限を破るのがイヤなのだろう。話をしながら何度もチラリと時計に目をやっている。堪忍な、と思う気持ちも少しだけあるけれど。

さっき、ダッシュで走れば電車にはギリギリで間に合っただろう。二人共、足には自信があるし、ダッシュは得意だ。きっと今ごろは電車に揺られて、家の方へと向っていただろう。

駆け込み乗車が危険で、しない方がいいのは本当の事。でも、さっきダッシュを止めたのは、それが本当の理由だったわけじゃない。珍しく練習のなかった休日。久し振りのデート。楽しかった時間。今度、こんな日がいつ来るか分からない。だから、それを終らせるのを、少しでも長引かせたかったのだ。

一本電車を乗り過ごして、伸びたリミットは10分ちょっと。たったそれだけの引き伸ばししか出来なくても、少しだけでも長く二人だけで居たいと。二人だけの時間を長引かせたいと。階段を急ぎ降りようとした、たつぼんの腕を咄嗟に掴んだのだ。

そんな事を思うなんて、随分可愛い所があるじゃないか、自分、と内心苦笑する。だけど、そんな事は顔には露ほども出さないで、もし、真里子さんに門限破って怒られたら、一緒に謝ってやるからな、と、再び時計に目をやったたつぼんに笑いながら言った。

終(2008/11/24)
back