助手席
たつぼんの美人の叔母さんが買ったと言う新車の名前を聞いて、短く口笛を吹いた。それは国産車ながら、巷の男の子なら一度は乗ってみたいと憧れるスポーツカー仕様の高級車だ。
「へー、百合子さんておしとやかそうな印象なのに、そんなごっつい車乗るんやな」
「前に映画だかドラマだかでヒロインが乗ってたんだって。それが凄くかっこ良かったらしくって、今度車買い換えるなら絶対これ、って決めててさ。パンフとかカタログとかすっげー集めてたんだぜ」
あいつ、影響され易いからな、と笑って、ここ、俺の部屋に来る前に買って来たミルクティーのペットボトルを煽る。
でも華奢な美人さんがでかいスポーツカーを颯爽と操るのは相当かっこいい、と頭の中でその姿を思い浮かべた。
「で、たつぼんはもう乗っけて貰ろた?その新車に」
乗り心地はどんななんだろう、と興味深々で問う。今度たつぼんちに行った時に見せて貰おう、そして俺も乗せては貰えないだろうか、なんて事を思いながら。でも俺の問い掛けに返って来たのは、まだ、と不機嫌な返事で。
「なんや、まだなん?」
「うん、あいつさ、一番最初に助手席に乗せるのは彼氏って決めてんだよ」
「ほー、ならその彼氏さんもまだ乗っけて貰ろてないん?」
「そう。あいつ仕事忙しいだろ。相手もそうみたいで、中々二人の時間が合わないんだって。で、彼氏だってまだなんだから、って言われてさ」
「あらー」
「だから俺もいまだに乗っけて貰えないんだよ」
別に誰が一番だっていいじゃん、と膨れた様な声。早く乗せて欲しいんだよ、と言う思いがその表情から伺えて。彼の中で、そのほとんどの興味や関心はサッカーに向いている物の、こんな事で熱くなるなんてやっぱりたつぼんも普通の男の子だなぁ、と変な所で再確認する。小さく笑いながらコーラを一口流し込んだ。
「まぁ、そう言う事ならしゃーないやん。気長に待ち」
「全く、いつになったら乗れるんだか」
「でもそれっていいやん。百合子さんの気持ちも分かるで」
「それ?」
「新しく買った車に、恋人を一番最初に乗せるってやつ」
そうか?と首を傾げる茶色い髪に、にっこりと笑い掛ける。
「なぁ、たつぼん、俺、免許取れる年になったら速攻免許取るから。でな、頑張って車も買うさかい、そん時にはたつぼん、一番にその車に乗ってな」
運転する俺。助手席のたつぼん。こう言う時に頭に浮かぶのはお約束の海岸線。海を横に置いてどこまでも走る二人。いい映像じゃないか、と素敵に楽しい想像をしていたと言うのに。
「いや、遠慮しとく」
我ながらいいムードでいい事を言ったのに、返って来たのはあっさりとした拒否の言葉。思わず驚いた声が出る。
「なんで?」
「だってそれってお前が免許取り立てって事だろ?そんなの恐いじゃん、いいだけ初心者のやつに命預けるなんて」
「やって免許証貰ろたって事は、運転しても大丈夫ですよ、って証明されたって事やろ?その為の教習所やん」
「でもお前って、運転雑で乱暴で危険そうだし」
「失礼な。こないに慎重なシゲちゃんに向って」
どこがだよ、と可笑しそうに笑う。
「とにかく。初心者マークが取れた頃だったら付き合ってやってもいいけど?」
なんて可愛くない事を言う。からかう様に口の端を上げながら。それならばこちらだって。可愛くない言葉にはそれ相応の言葉で応酬を。
「ふーん、それならそれでもええけど。でもシゲちゃん一年間も一人で運転するの淋しいし。たつぼんが乗ってくれないなら、他の誰かを乗せるとしよか」
「…ふーん」
「別にええよな、たつぼん?」
「…好きにすれば?」
他の誰か、に意味を含めるように言ってやると、ぶっきらぼうな返事が返って来た。そしてわざとらしく視線を外す。
実はたつぼんが結構ヤキモチ焼きなのを知っている。そして本人はそれを顔に出さない様にしているつもりで、いつも失敗している事も。好きにすれば?と言った割には、目の前にあるのはご機嫌斜めなのが丸分かりな顔。分かり易いなぁ、と気付かれない様に、小さく笑みを浮かべた。
「嘘やで、嘘。…やっぱり一番最初に乗って貰いたいのは、たつぼんやもん」
「…」
「たつぼんしかおらんもん。安全運転するから、な」
この抜群の運動神経で、と身を乗り出して目を覗き込みながら言ってやると、お前近過ぎ、と小さく笑った。そして渋々と言った風に、
「そんなに言うなら、乗ってやってもいいけど…」と全く素直じゃないお返事が返って来た。でもそこが、たつぼんのたつぼんたる所以なのだ。
「でもお前、話が早過ぎだろ。一緒に乗るとか言っても、そもそも免許取れる年になるまで何年あると思ってんだよ」
「まぁな。でも楽しい話は早めにしとってもええやろ」
「いや、早いのにも限度があるから」
そやな、と言って二人で笑った。
「…だけど、なんか悔しい」
「悔しい?何が?」
「だってさ、順当に行けば、お前の方が俺より一年先に免許取れるだろ。俺は駄目なのに、お前は許されるって。…それがなんとなく悔しいんだよ」
シゲのくせに、といわれのない八つ当りをされて苦笑する。こればっかりは先に生まれた者の勝ちなのだ。
「あー、確かに俺はたつぼんよりもヒトツお兄さんやけど、たつぼんの事を置いてったりせぇへんから。安心して」
「誰がそんな事を言ったよ。何が安心して、だ。そんな事考えてもいねぇよ」
「俺が先に行っちゃったらどうしよう、って不安なんやろ?大丈夫やで。そんな事、決してせぇへんからな」
「話を作るな。不安なんじゃなくて、悔しいんだよ」
強く否定しながらも、心の中にそんな思いがあったのだろうか。ほんの僅かに染まった頬がとても可愛いと思った。
君を車に乗せて走れるまで、最短時間で後3年。
3年なんて、まだまだずっと先の事。遠く長い明日の先にある未来。でもそんな未来にあっても、一番側に居るのが君であったらいいなんて。
心の底から強く思ってしまうんだ。
終(2006/12/22)