一緒だね


はーっと息を吐くと、目の前が白く染まる。ふわふわと小さな塊が降る冷たい空気の中、背中を丸めて歩いた。

東京に初雪が降った朝。

寺の玄関を出ると雪が降っていた。見上げた冬の灰色の空から、次々と舞い降りてくる白い小さな塊。

反射的に手を翳して、お、雪やん、と気分が弾んだのは少しの間だけ。道を歩いて行くとひたすら冷たい空気が身に纏わり付いてくる。寒さに身を縮めて、ジャンパーのポケットに無造作に手を突っ込んだ。

朝はいつも慌てて部屋を飛び出す。今日もご多分に漏れずそうだったので、マフラーも手袋も探す暇がなかった。どこにしまったっけ、探さなきゃ。そんな事を思いながら通りの角を曲がると、少し先に見慣れた後ろ姿を発見した。

紺のコートに白いマフラー。真っ直ぐに姿勢を正して歩く茶色の髪。歩調を速めてその後ろ姿に近付いて行く。

「おはようさん、たつぼん」

シゲ、と振り向いた顔は笑顔付きで。桜上水サッカー部部長は朝から機嫌がいいらしい。その彼の隣りに並んで学校へと向う。

初雪、降ったな、とたつぼんが空を見上げた。

「そやな、結構降っとるし。いつ頃から降ってんのやろ」
「どうだろう。俺が起きた時にはもう降ってたけど」

引っ切り無しに落ちてはいるけど、その勢いはさほどでもないので辺りに積もってはいない。アスファルトに落ちては静かに消えて行く。

「朝、起きたらホームズがご機嫌でさ。構って欲しそうだったから散歩に連れてってやりたかったんだけど、さっきは時間がなかったから」

俺が学校から帰るまで降ってたら、雪の中で遊んでやれるんだけどな、と口元を緩めて。

「へー。犬ってほんまに雪が降ると喜ぶん?なんやそんな歌あったけど」
「庭駆けまわりってやつ?確かにうちのホームズは喜んでた風だったぜ」

犬は喜ぶけど、猫はコタツで丸くなる。犬というのはなんて元気なんだろう。自分は断然猫の行動を取る。こんな寒い時には暖かい所で丸くなっていた方がいい。今日だって布団から出るのが辛かった。それなのにこんな風に学校を休まなかったんだから、褒めて貰いたいくらいだ。そんな事をぶつぶつと言うと、お前なぁ、と呆れた声が返って来た。

「これくらいの寒さで学校に行くだけで、なんで褒められるんだよ。当たり前の事じゃないか」
「やってめっちゃ寒いやーん。やから雪降ってるんやし」
「そりゃあ確かに少しは寒いけど。めっちゃなんて言う程でもないだろ」
「言う程でも充分あるやん。あー、寒」

言いながら大袈裟に身震いすると、お前、なんかオヤジ臭い、と憎たらしい事を言われた。

「背中丸めて寒い寒いって、若さがない」

綺麗な顔をした若者はニヤニヤとからかう様な表情で。はいはい、イッコの年の差は、世代をも分けてしまうんですね。

「ちゅうか、たつぼんはやけに楽しそうやん。ホームズホームズ言っとるけど、ほんまは自分が雪降って嬉しいんちゃう?」

自分と違って朝には強いたつぼんだけど、今日はいつもより機嫌が良さそうに見える。顔も声も明るい。

「え、別に」

一瞬バツの悪そうな顔をして、いつもと同じだろ、とぶっきらぼうな声で。あぁ、図星か。雪が降ったのが、嬉しかったのか。

いつもは澄ましている事の多いたつぼんだから、こんな事で喜ぶなんて子供っぽくて恥かしいと思っているのだろうか。俺としては、偶に見られるそんな子供っぽい所が可愛くて堪らないのだけど。なんて事は、怒られるから本人には言わない。

「…何笑ってんだよ」
「えー?結構降ってるけど積もらんかな、思って」

次々と落ちては来るけど、積もりはしない雪。アスファルトに落ちては消えてそこを濡らして行く。この静かな勢いでは、積もる事はなさそうだけど。

「たつぼんとホームズがはしゃいでるのを、コタツの中から見てるのもいいけど。積もったら一緒に雪だるまでも作るのも楽しそうやん」

はしゃがねぇし、お前はどこのコタツから見るんだよ、と捲くし立てた後で。

「お前と二人で雪だるま作ってどこが面白いんだよ、つか、作らねぇぞ、そんなの」
「え、楽しそうやん。二人ででっかいの作ろうや」

実際に雪の中での作業なんて、寒そうで真っ平だけど、想像の中でなら楽しい。きっとこの几帳面なボンは、雪だるまの形にもこだわりを持って完璧な球体に仕上げるんだろう。
そんな事を考えていると、子供だな、お前、と雪を喜ぶお子様に笑われた。

「それよりお前と一緒にするなら雪合戦の方がいいな」
「アクティブやな」
「おお。日ごろの恨みを篭めて、お前に思いっきり雪玉ぶつけてやれるし」
「日頃の恨みってなんやねん、それ。どこにシゲちゃんが恨み買う事やってんねん」

そんなの分かり切ってるだろ?と言う口調と表情で。

「えー、全て。日頃の練習態度とか生活態度とか。しょっちゅう遅刻をするとことか、約束直ぐ忘れるとことか、忘れ物ばっかりだとか。後、人に物を借りて中々返さないとことか。あぁ、それから…」
「あ、もうええです。その辺で」

矢継ぎ早に出てくる俺への苦情に両手を挙げて、分かりました、と押し留める。全て本当の事だから、反論の仕様がない。二人で雪合戦なんて不毛な事をしたら、本当に真剣に雪玉を投げられそうで恐い。積もらんでくれよ、と再び空を見上げた。

そう言えば大分前にたつぼんからCD借りてたっけ。あれ、どこにやっただろう。マフラーに手袋にCD。探す物が増えてしまった。

積もらない事を願う白い雪がしんしんと降り続ける。アスファルトには姿を残さないけど、たつぼんの茶色い髪や、コートの肩辺りにうっすらと白い物が増えてゆく。

「そう言えば、たつぼん、傘持ってこんかったの?たつぼんって雪の日には傘差す様なイメージなんやけど」

それってどんなイメージなんだよ、と苦笑して。

「家出る時には、母さんに傘持ってきなさいって言われたけど。なんか雪の日って傘差さない方が好きなんだ」
「そうなんや。俺も、雪の中では傘差さない方が好っきやな」

傘を差す事自体まだるっこしいし、雨と違って雪の感触は柔らかくて好きなので雪の時はほとんど差さない。

「へー、お前も」

一緒だな、とたつぼんが嬉しそうな笑顔を見せた。その綺麗な笑い方にちょっとだけ心臓が跳ねた。

サッカーと言う共通点以外、性格も見掛けも好みもまるで違う俺たち。そんな俺たちが、珍しく出会った一緒。そんな事が嬉しいなんて。そんな小さな事にときめいてしまうなんて、自分も随分と可愛い所があるじゃないか。

たつぼんの事を子供と言っておきながら、自分だってよっぽど子供だ。

そんな事を思ってしまった恥かしさを紛らす為に、たつぼんの髪をわざと乱暴に撫でて、頭の上の雪を掃った。

「うわ、何すんだよ」
「綺麗な髪の上に雪積もってたから、掃ってやったんやーん。あ、別に感謝はせんでええよ」
「感謝ってどこが。人の髪の毛ぐしゃぐしゃにしておいて。…そう言うお前も、雪積もってるぜ」

伸ばした腕が、俺がやったよりも更に強く長く髪を撫で回す。男前の髪が台無しになっているだろう。

「こら、何すんねん」
「だから俺だって雪掃ってやったんだろ」

俺には感謝してもいいぜ、と不適に笑って。
それならば。

「たつぼん、コートにも雪一杯やで」
「うわ、お前こそ肩んとこ凄い」
「いてて、あ、たつぼん、こっちにも」
「シゲ、後ろ真っ白」

二人で笑いながら小突き合う。あぁ、そう言えばこんな風に直ぐムキになる所も一緒だね。


これからもこんな小さな一緒を、幾つ見付ける事が出来るかな。
でも君となら、沢山の違う所を見付けるのも楽しいんだけどね。


終(2007/11/14)
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