田舎
「俺、本物見た事ある」
「え、そうなん?俺ないで」
俺の言葉にシゲが少しだけ驚いた様に返した。何かの話の流れから『蛍』の話になった。自分は昔、それを見た事があるのだ。
「やっぱ綺麗?」
「うん、すっげー綺麗だった。こう暗い空間に小さい光がそこらに漂っててさ。それが点いたり消えたりして、なんて言うか、幻想的ってやつ?」
幼い時に見たその情景を頭の中に思い浮かべる。人工的な灯りの華やかさは勿論ないけど、その不思議な淡い輝きに目が釘漬けになった。へー、ええな、と腕組みをしたシゲが羨ましそうな声で相槌を打つ。どこで見たん?の質問に南関東の小さな田舎町の名前を告げた。
「そこって蛍で有名なとこなん?」
「いや、どうだろう、分かんねぇ。別に蛍を見に行くのが目的で行ったわけじゃなくって、…その、祖父ちゃん祖母ちゃんちがあるとこだから」
「ばーちゃん?」
俺の口から聞く『祖母ちゃん』と言えば、いつも会っている水野の祖母ちゃんの顔が浮かぶんだと思う。さっきこの部屋に来る前にも、挨拶ついでにやけに楽しそうに会話をしていたけど。
でもそうじゃなくて、と心の中で前置きをしてから。
「…桐原の方の祖父ちゃん祖母ちゃんな」
「…あぁ」
シゲの表情がほんの少しだけ堅くなった。それは俺が桐原の名前を出す時、いつも自分の顔が堅くなるのが分かるので、それにつられているのかもしれない。
両親が離婚してから、なんとなく疎遠になってしまった父方の祖父母。毎日の生活に手一杯で、普段は滅多に思い出す事もなくなったけれど。小学生の頃は長期の休みの度に遊びに行っていた。いつでも俺を歓迎して可愛がってくれた優しい人たち。
「…もう全然何年も会ってねぇんだけど」
「うん」
「夏はいつも遊びに行っててさ、色んなとこに連れてって貰ったな」
「蛍もじーちゃんたちと見に行ったん?」
「そう。そう言えばそうだ。俺が凄く喜んでたから、何回も一緒に見に行ったな」
あぁ、そうだ。蛍の思い出はいつも桐原の祖父母と一緒だ。暗い静かな田舎の夜。まだ小さかった俺の手をしっかりと握っていた祖父の温かい手。蛍を捕まえようとする俺を宥める祖母の優しい声。
「…二人共元気かな」
蛍の話をしていた筈なのに、フラッシュバックした映像には笑顔の二人が居て。思っていた事が自然に声に出てしまった。
「会いに行けば?」
自分の思考の中に入ってしまっていて、シゲが言った言葉を捕えるのが一瞬遅れた。シゲが微笑みながら俺を見ている。
「うん?」
「じーちゃんばーちゃんとこ、会いに行ってあげたら?別に親に連れてって貰わな行けん年でもないし」
「それはそうだけど」
「親がどうなったって、たつぼんのじーちゃんばーちゃんなのは変わりないやろ」
顔見せに行ってあげたらきっと喜ぶで、とシゲが微笑みながら言った。目と目がしっかりと合って、笑い顔のシゲにつられて俺も小さく笑ってしまった。
あぁ、そうだな。きっと。喜んでくれる。いつでも俺を歓迎して可愛がってくれた、優しいあの人たちは。
「そう、だな。今度行ってみようかな」
「な、そん時はシゲちゃんも連れてってや」
シゲが自分の方をクイクイと指差す。
「え、なんでだよ。俺の祖父ちゃんたちに会いに行くのに、なんでお前を連れてかなきゃなんねぇんだよ」
「やって、蛍見たいし。俺見た事ないんやもん」
なーなー言いながら擦り寄ってくるシゲを笑いながら腕を伸ばして押し留めた。やから、行くとしたら夏な、なんて勝手な事を言う。
「でも俺が見たのだって何年も前だぜ。今も蛍居るかどうか分かんねぇし」
「いやいや、全然大丈夫。今でもばっちり見られるから」
「何お前、何の根拠もないくせにその自信は」
自信たっぷりに言い放つシゲに呆れた様に返すと、癇や、癇、と適当な返事が戻って来て、当てになんねぇと笑う。お前らしいけど。
でも確かに、シゲと一緒に見られたらいいな。幼かった俺の目を捕えて放さなかったあの情景を。
「そんでな、たつぼん。ばーちゃんたちに会ったら俺の事、『僕の大切な人です』って紹介してな」
「…お前既に行く事になってんのか。しかもなんだよ、その紹介の仕方。誰がするか、そんな紹介」
「じゃあ、『将来を誓い合った仲です』でもええで」
「ええでって…。誰も誓い合ってねぇだろ」
「じゃあ、誓い合う?ばーちゃんたちの前で」
「死んでもヤだ」
そんな思い切り否定せんでも、と大袈裟に泣く真似をするシゲに、そこで泣いてろ、と言って笑った。
でも見せたいな、お前に。いつか一緒に見る事が出来たらいいな。俺の目にしっかりと焼き付いている、小さな蛍達の淡い光を。あの息を呑む様な綺麗な情景を。
いつか優しい人たちが居る小さなあの町に、大切な人を連れて行けたらいい。
いつか、の夏に。
終(2006/09/23)