ヘッドエイク


朝、目が覚めた時感じた体のだるさ。すっきりとしない目覚め。頭の芯が重い。体調不良の時に偶に起こる頭痛。起き上がると、頭にずきりと痛みが走った。

でも、これくらいの不調で、勿論朝練を休むわけにはいかない。部長である自分が簡単に朝練を休んだら部員に示しが付かないし、体を動かすのにそれ程支障を来たす事もないだろう。それに何よりも今日は---。


「たつぼん、今日調子悪いん?」

サッカー部の朝練が終わった後。部室から校舎へと向かう途中で、一緒に歩いていたシゲが声を掛けてきた。

「なぜ?」
「何となくやけど、だるそうに見えるし」

別にそんな事ないけど、と言おうとした時に、見計らったように頭に痛みが走った。思わず、顔をしかめてしまう。

「どうしたん?歯でも痛いん?」
「いや、頭…」

虫歯なんかないし、もう誤魔化す気力もなく素直に打ち明けた。オーバーワークが過ぎたり睡眠不足が続いたりすると、偶に頭痛がする事がある。確かにここの所忙しかったとはいえ、スポーツ選手たるものちゃんと休息を取って体調管理に気を付けなければならないのに。我ながらしくじった、と痛む箇所を軽く擦った。

「頭痛?なんか考え過ぎとか?」
「そういうんじゃなくって、疲れが取れない時とか寝不足の時とか、偶になる事があるんだ」
「へー、そうなん」

俺は頭が痛くなった事なんかあらへんわ、となぜか感心したように言う佐藤君。うん、何の根拠もないけど、君はこれから先もずっと頭痛で苦しむなんて事ないでしょう、きっと。

「ちょくちょく痛くなる事、あんの?」
「いや、本当にたまーに。そんなにしょっちゅうはねぇよ」

確かにそんなにしょっちゅうではないし、それ程酷い痛みではないけれど、やっぱり体の痛みというのは不快だ。早く消えて欲しい。前に頭痛を起こした時鎮痛剤を呑んだら、痛みは即効で消えたけどその後頭がぼんやりしてしまって、体を動かすのさえ億劫だった。今日は薬を呑まないで家を出たので、この痛みとはしばらく付き合う羽目になりそうだ、と内心ため息を吐く。

「そう言えばお前さっき、俺に調子悪い?って聞いてきたけど、俺、具合悪そう?」
「うーん、さっきゲームしてた時、いつものキレがない風に見えたかな。体は普段通り動いてたけど」
「そっか」
「たつぼんにしては、珍しー、思って」

体調不良とはいえ、部長の自分がダラダラしていたんでは緊張感がなくなると思い、普通に動いて声を出していたつもりだったけど、やっぱり違っていたのだろうか。でも、人の事をよく見ていて変化に敏感な風祭には何も言われなかった。他の部員たちも、特に気にしていなかっただろう。でも、シゲは気付いた。多分、シゲだけが気付いた。表面はへらへらしているようで、案外シゲは鋭い。他の人が気が付かない事でも、結構鋭く見ていたりする。

でも、待てよ、とふと思う。その『他の人が気が付かない』対象が俺だったからシゲが気付いたなら、ちょっと、というかかなり嬉しい。シゲが俺の事をよく見ていてくれた、俺の小さな変化を見逃さないでくれた、という事だから。頭が痛いなんて大々的に言う事じゃないし、体調が悪い事を隠しておきたいと思いながら、でも、それにシゲが気付いてくれた事に嬉しがっている自分が居る。我ながら複雑。

その複雑なヤツがちょっといい気分になっている中、金髪は言葉を続けた。

「さっき、寝不足の時って言ってたけど、最近よく寝られんの?」
「うーん、ここ二日くらいはちょっと睡眠足りてないかな、っていう気はする。色々やる事があって」

部の練習プラン考えたり、試験勉強したり、新刊の小説を読んだり。…シゲの事、考えたり。

「朝からずっと、頭痛かった?」
「うん、まぁ」
「なら、今日の朝練は休めばよかったのに。そないに無理して出るもんでもないやろ、朝練って」
「別に無理してねぇし。そんなに大した痛みじゃねぇし」

これはちょっと嘘。今朝、家を出る時結構ズキズキしていた。ただ、朝練を休んで寝込む程ではないと思った。普通に練習に参加出来ると思ったし、実際出来た。それに今日は、どうしても休みたくなかった。

「朝練だって部活の一環だし、そんなに簡単に練習休めないだろ」
「もー、たつぼん、真面目過ぎやなぁ。具合悪い時くらい、1回や2回休んだってええやん」
「お前は具合が悪くなくても、3回も4回も、それ以上も休んでるけどな」
「えー、気のせいちゃう?シゲちゃんは、ちゃーんと朝練、休まずに出てまっせ」
「いや、その派手な頭はいないと直ぐ分かるから。気のせいじゃないから」

気のせい、気のせい、とわざとらしく白をきるシゲに、きのせーですかねー、とこっちもわざとらしく相槌を打つ。

どこに居ても、どんな時も、真っ先に探すのは、その派手な髪。鮮やかに目に飛び込んでくる金色。その金髪が見つからないと、俺がどんなにがっかりするかなんて、こいつは知らないんだろうな。

「とにかく、俺は部長なんだし。その部長が簡単に練習を休んだら、他の部員に示しが付かないだろ」
「もー、ほんまにクソ真面目やなぁ」

根っからの優等生なんやから、と呆れた風に。

「その寝不足っていうのも、勉強のし過ぎなんとちゃう?そんなに、あれもこれも頑張り過ぎなくてええやん」

滅多に体調を崩さない俺。頭が痛いなんてシゲに言ったのも、勿論始めてだ。実はシゲが俺の体の事を心配してくれていて、それでこんな事を言っているのは分かる。それは嬉しい。分かるし、嬉しいのだけど、真面目とか優等生とか言われるのは好きじゃない。その事をシゲは知っている。それに俺がしている事は、特に真面目行動でも優等生発言でもなく、当たり前の事をしているだけなのに、とちょっとムカついた。

「別にそんなんじゃねぇよ」
「そお?」
「そうだよ」

これくらいの事で練習を休むなんて考えもしなかった。でも、何があっても、今日の朝練だけは休みたくないと思った理由が他にある。それは。

「シゲ、ちょっとこっち来いよ」

何?の声を背中で聞きながら、早足で歩き出す。登校途中の生徒たちとすれ違いながら、向かったのは裏玄関の脇。ここなら、この時間に通る生徒も先生も居ない。

「何なの、ひと気のない所に連れ込んで。珍しくたつぼんから、ちゅーでもしてくれんの?」なんて、呑気な声で。ちゅーでもなんでもして、この頭痛がお前に移るなら濃厚なのをしてやってもいいけど、今はそんな言葉は無視して。自分のスポーツバッグから綺麗にラッピングされた小さな包みを取り出して、押し付けるようにシゲに渡した。そして、勢いが良過ぎて怒ったような声が自分のノドから出た。

「誕生日、おめでとう、シゲ!…これを渡したかったんだよ」

そして、お祝いの言葉を言いたかったんだよ。始め、何の事かわからなかった風だったシゲが、押し付けられた包みと俺の顔を交互に見やって、気付いた瞬間に目を見開いた。

「あー、そういや今日って、俺の誕生日なん、や?」
「お前、自分の誕生日忘れてた?」

素で自分の誕生日を忘れていたらしい大げさな反応に、思わず噴出してしまった。

「いやー、綺麗さっぱり忘れっとったわ」
「覚えとけよ、自分の生まれた日くらい」
「いやいや、まぁまぁ。でもこうやって、たつぼんが俺の代わりに覚えとってくれたやん」
「俺、記憶力いいんだ。誰かと違って」
「うわっ、失礼なぼんやなー。…でも、おおきにな」

シゲちゃん、めっちゃ嬉しいわー、と笑顔全開のシゲを見ていると、自分まで嬉しくなる。お前の誕生日なんて覚えているの、当たり前だ。お前の事ならなんでも忘れない。何でも覚えている。どんな事も。どんな小さな事だって。

これくらいの頭痛で練習を休むなんて考えもしなかった。でも、何があっても、今日の朝練だけは休みたくないと思った理由が他にある。それは。

愛想も調子も、ついでに顔もいいこいつは、女子たちに受けがいい。当然のようにもてている。イベントにプレゼントを贈るのが好きなその女子たちから、ヴァレンタインの時も、去年の誕生日の時も、色々と貰ってはこいつのスポーツバッグを膨らませていた。多分、今年もそうなるだろう、と思った。

でも、今年の今日は二人が付き合い出して、初めてのシゲの誕生日だ。他の子たちから散々おめでとうを言われて、その後にコイビトである俺が誕生日を祝うなんて、そんなの嫌だった。誰よりも早く、シゲが生まれた日を祝いたかった。シゲに取って特別の日を。きっと、放課後まで待っていたら、1番最初には祝えない。きっと、プレゼントで膨らんだスポーツバッグを見てしまう羽目になる。でも、朝なら。朝練の時なら。

誰かに先を越されたくなくて、頭痛を抱えて朝練に参加したなんて、落ち着いて考えると結構恥ずかしい。誰よりも1番最初に、なんてどこかの乙女思考のようだ。まったく俺のガラじゃない。冷静沈着を誇る、水野竜也の考える事じゃない。

だけど、しょうがない。まったく自分のガラじゃない事を考えて、行動してしまう程シゲの事が好きなんだから。目の前で、素直に喜んでいるシゲを見ているだけで、こっちまで嬉しくなってしまう程、シゲの事が好きなんだから。恥ずかしい乙女思考の事も、打ち寄せてくる頭痛の事も、今はもうどうでもいい。シゲがこんなに喜んでくれてるんだから。

「これ、たつぼんが選んでくれたん?」
「そうだけど」

当たり前だろ。お前へのプレゼントを俺が選ばなくてどうする。自分とは好みも趣味もまるで違うこいつの為に、何を贈ろうか散々迷った。欲しがっている物をリサーチして、シゲが好きそうなショップへ足を運んで。色々、考えて迷って悩んで。でも、そんな事で悩む事も楽しい事だと知った。好きなヤツの事を思いながら、あれこれ考える事がこんなに楽しいなんて今まで知らなかった。シゲに出会ってから俺は、今まで誰も教えてくれなかった色んな事を知った。

「中身、何?今、見てもええ?」
「こんな所で店開きするなよ。もっと落ち着いた時でいいだろ」
「そやな、お楽しみは後からやな」
「あんまり期待し過ぎないでくれよ。そんなに高価な物じゃないし」
「値段なんか全然関係ない。たつぼんが、俺の為に買ってくれた、それだけで十分や」

どんなモンでもめっちゃ嬉しい、絶対嬉しいと力説されて、緩む口元を押さえるのに苦労した。俺も嬉しい。お前が喜んでくれるなら、それだけで嬉しい。お前が喜んでくれるなら、何でもしてやりたい、と思う。

「お前、喜び過ぎ」
「やって、嬉しいもん。自分も忘れとったのに、たつぼんからバースディプレゼントは貰うし、それを渡す為に、たつぼんが激しい頭痛を押して朝練に出てくれるし」
「勝手に脚色するな。全然激しくないから」
「辛くてふらふらなのに、俺の為に来てたなんて、愛やね、愛」
「いや、ふらふらじゃないし、お前の為にじゃなくて、朝練は普通に来るつもりだったし」
「けどな、たつぼん」
「なに」
「無理はあかんで。たつぼん、ほんまにしんどい時も平気で無理やら無茶やらしそうやもん」

真面目な顔と口調で言われて、一瞬言葉が詰まったけど、その後に自分の口からは素直に、うん、という言葉が出た。ええ子やね、なんて優しく言われてちょっとだけ照れて顔に熱が集まる。ああ、そう言えば、しばらくシゲとは2歳違いになるんだな。

「俺は無理なんかしねぇから。ちゃんと自分で自分の管理は出来る。お前こそ無茶振りに気を付けろよ。直ぐ変な方に突っ走るし」
「シゲちゃんは思慮深いから大丈夫。自分こそ結構あっつくなり易いからなー」
「思慮深いって、言葉の意味知ってるのか?お前。何にも考えてませんって意味じゃないぞ」

お前だ、お前こそ、と二人で言い合ってるうちに、一緒に笑い出した。こんな二人の何気ない会話が何よりも楽しい。

心配してくれてありがとう、シゲ。サッカーの事で、無理をしてしまう事は確かにある。でもお前に心配されないように気を付ける。そして、シゲ。お前の事でも無理をしてしまう事が、きっと、ある。お前の為なら、それが無理な事でもなんでもしてしまいそうだ。例え、お前に止められたとしても。


時計を見ると、今から急いでももう始業の時間に間に合わない。登校する生徒たちの声も聞こえない。優等生で遅刻なんかしない筈の水野竜也が、コイビトとの逢瀬の為に学校に遅刻とは。でも、まぁいいか、偶には。ほら、シゲ、俺はお前の為ならいつもはしない事をしてしまうんだ。こんな風に。

「シゲ」
「うん?」
「誕生日、おめでとう」

この俺が珍しく遅刻。そのついでに、更に珍しい事をしてやろう。自分よりも少し高い位置にあるシゲの唇に自分のそれを近づけて、そっと重ねた。俺は目を閉じているから分からないけど、多分、シゲは目を見開いているはず。驚いた?でも、今日はお前の特別な日なんだから、偶にはこんな珍しい事もいいだろう?

シゲの唇は柔らかくて心地いい。襲ってくる不快な頭の痛みも、溶かしてくれるかのように。


終(2013/07/08)
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