原因


部活へと向かう廊下で、佐藤先輩、と呼び止められる。
振り向けば、俯き加減の小柄な子と長い髪を縛った子の二人組。二人共一年生だ。髪の長い方が頑張って、と囁くと、小柄な方が、これ、良かったら食べて下さい、とおずおずと小さな包みを差し出した。
可愛い花柄の少し皺の寄ったラッピングペーパー。黄色いリボン。自分で包んだというのが一目で分かる。

「お、おおきに。差し入れ?俺に?」
「はい、良かったら」

食べて下さい、と小柄ちゃんは先ほどと同じ言葉を繰り返す。相変わらず俯き加減だし、緊張してるんやろか、と微笑ましく思った。

「嬉しいわぁ。部活が終ったら頂くな。もう、腹減って死にそうになるんやもん」

腹の辺りを押さえて大袈裟に身を屈めると、二人共クスクスと楽しそうに笑った。可愛らしい、女の子らしい笑い方だ。

「中身はなんやろ?」
「えと、クッキーです」
「自分が作ったの?」
「はい、…美味しくないかもしれないんですけど」
「そんな事、あらへんあらへん。いや、楽しみやわ」

差し入れは純粋に嬉しいし、女の子たちは可愛いし、自然と笑顔になる。練習、頑張って下さい、と頭を下げて、パタパタと走り去る二つの背中に、おおきにな、と満面の笑みで返事をしながら腕を振った。その腕を2往復した所で、見慣れた茶色い頭がこちらに近付いて来るのに気付いた。

わき目も振らずも真っ直ぐに前を見て、歩いて来るのはサッカー部キャプテン、その人だ。俺の、俺と女の子たちの様子を、どの辺りから見ていたのかな、と思ったら笑顔が引き攣る。それでも気を取り直し、上げていた腕はそのままに、女の子たちに向けていた笑顔もそのままに、足早に近付いて来る茶髪キャプテンに声を掛けた。

「あ、たつぼんやん…」

爽やかな笑顔の俺の横をスピードを緩める事もなく、茶髪は通り過ぎて行く。たつぼんの『ぼん』から後ろが、空しく宙に消えた。

「ちょ、たつぼん、無視かいな。ちょっと酷いんやない?」

サラリと無視された事にめげずに、その後を追う。慌てて声を掛けると、あぁ、シゲ、お前居たのか、気が付かなかった、なんて表情も変えずに言われる。
嘘吐け、こんなに目立つシゲちゃんが居て、気が付かない筈がないだろう。そうは思うものの、不機嫌オーラ全開のたつぼんを目の当たりにして、後ろめたい気持ちもあるので、さよか、とだけ返した。

目的地は一緒だし、隣に付いて一緒に歩く。背筋を真っ直ぐに伸ばして歩く姿が清々しく、凛々しい。綺麗に整った横顔の口は堅く結ばれている。何か声を掛けたくて、これから部活やねぇ、なんて、もの凄く分かりきってる阿呆な事を言ってしまった。それでも、とてもぶっきらぼうにだけど、ああ、と言う簡潔な返事は貰えた。

「たつぼん、なんか歩くの速い。そないに慌てんでも、時間の余裕はたっぷりあるやろ」
「別に早く部室に着いてもいいだろ。準備とかストレッチとか、やる事はいろいろあるし」

はぁ、真面目やねぇ、としみじみ言ってやると、軽く睨まれた。怒った顔も綺麗だけど、それを今言うのは火に油を注ぐようなものなので、心の中だけで思う事にする。

睨んだついでに、俺が持っている小さな包みに視線をやった。ほんの一瞬だけ。たつぼんの、この不機嫌の原因。
あ、これ?と何気なさを装い、ひょいと顔の高さに持ち上げる。

「差し入れやって。さっき、貰ろた。部活終ったら、一緒に食べよ」
「何も聞いてないけど。そして、いらねぇ」
「なんで?手作りクッキーやって。そういうの、自分好っきやろ」
「それはお前が貰ったんだろ?お前が一人で食べればいいだろ」

俺はいらない、と多少語気を荒げて、早足の速度を更に上げた。完全にご機嫌斜め。これはあかん、と苦笑をして、距離が開いて行く後ろ姿を見つめた。こういう時は、ちょっと放って置いた方がいい事は、経験上知っている。

拗ねてしまったたつぼんの、どうやってご機嫌を取ろうか。部活では、いつもと違ってもの凄く真面目に練習に参加しようか。部活中は余計な事は、言わない方がいいだろう。不機嫌のボルテージが上がって、いきなりハードなトレーニングメニューを組み込むとか言い出しかねない。いや、そこまで公私混同はしないか。いやいや、俺に対してだけならあるかもしれない。あぁ、全くお子様なんだから、ともう一度苦笑した。

それでも、どうやって機嫌を取ろうかと悩んでる半面、嬉しがってる自分も居る。たつぼんが不機嫌になった原因。それは、やきもちから来ていると簡単に想像出来るからだ。俺がさっき、女の子たちと交わしていた会話、様子。それを見ていたんだろう。我ながら笑顔全開で、愛想を振り撒きすぎたかな、とも思うさっきの光景を。

人との付き合いに関しては基本関心が薄く、サッカーに係わらない限り、あまり強く踏み込むことはない。深く付き合おうともしない。そんなたつぼんが、唯一執着する人物。それが俺だ。

他の誰に対しても湧き上がらない様々な感情、それを俺だけに向ける。俺にだけは他の人には見せない一面を見せる。それが例えやきもちによる不機嫌な顔だとしても、とても可愛いと思ってしまうのだ。さっき差し入れをくれた、可愛い女の子たちよりも、更にずっと。

とても愛しいと思ってしまうのだ。

さぁ、どうやってご機嫌を取ろうか。先ずは、この可愛い包みをたつぼんの目に入らない所に仕舞う所から始めよう。

終(2009/12/07)
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