フライングサプライズ


「たつぼん、あんな、今、一番欲しいもんって何?」

部活の帰り道。隣を歩くのは見慣れた金髪。その金髪が、腹減っただの疲れただののいつもの小言をひとしきり吐いた後、唐突に聞いてきた。なんだか珍しく、ちょっと歯切れが悪い口調で。無造作に縛った髪の、毛先が揺れているのが見えた。

「何、いきなり欲しいもんって。なんでだよ」
「いや、ふとたつぼんが欲しいもんって何かなー思て。なんかある?」
「なんで?」
「ええから」

なんででも、と言われて、変なやつ、と返してやる。シゲみたいに騒ぎはしないけど、俺だって腹は空いてるし疲れている。ご飯はうちに帰れば直ぐに食べられるし、水はさっき飲んだけど水分は欲しい。なので差し当たって欲しい物と言えば。

「ポカリかな」
「いや、そういうんやなくて」

物や、物、と力説された。なんでだよ、ともう一度同じ問いを発すると、答えはやっぱり、なんででも。益々持って変なやつだ。

欲しい物と言われても、あると言えばあるんだろう。でも咄嗟に思い浮かばない所をみると、今現在これと言って欲しい物はないのかもしれない。
変な問い掛けに、一応一瞬だけ考える振りをした。

「特にないけど」
「なんか一個くらいあるやろ。これがあったらええな〜思うの」

何かの意識調査でもしてるのか、と訝りながら、シゲのいつになく真面目な表情にもう一度頭を捻る。数秒考えた後、もの凄く欲しい、というわけではないけど、あったらいいかもと思った単語を口にする。

「新しいオーディオコンポとか」
「うーん、もうちょっとお値段設定低めでは」
「えー、じゃあ、スパイクシューズ。新しいのが手に入ったら嬉しいし」
「もう一息。もうちょっとお手軽価格で」
「ならマウンテンバイク」

言う事を次々と却下され、考えるのも面倒臭くなって適当にそう言うと、お手軽価格言うたやろ、とビシッとするどい突っ込みが入った。その反応の速さは、関西人ならではだよな、と1人で感心してしまった。しかしここは関西人の反応の速さに感心している時ではない。

「なんなんだよ、一体。お前が欲しい物言えって言うから言ったのに。ひょっとして欲しい物言ったら、お前が俺に買ってくれるとか?デカイ臨収でも入ったのかよ」

中学生なのに親元を離れて1人で生活するという、突拍子もない事をしているシゲ。金がない、と騒いでいるのはいつもの事だ。その金のない男が俺に何かを買ってくれるというのはある筈がない。だけど、こんなに欲しい物は何か、なんて何度も聞かれると、そのあり得ない事があり得るのか、なんて考えてしまうのだ。

「コンポやスパイクは無理やけど…。やからー、財布に優しいお手軽価格で。たつぼん、なんか欲しいもんないん?」
「え、マジにお前が俺になんかくれるの?なんで?」

万年金欠のシゲが俺に何かをくれると言う。欲しい物は何かと言う。一体どうしたというのだろう。いつも金がないない騒いでいる男が俺に何か買ってくれるなんて。真剣に驚いて、三度なんで?と問うと、シゲはちょっと困った顔をした。

「なんでって、リサーチやん」
「リサーチってなんの?」
「え、マジで分からん?この時期この季節に、たつぼんに何欲しい聞く意味が」

この時期、この季節。11月も終わりに近付いて辺りはすっかり冬模様だ。初冬の冷たい風が、普段からあまり姿勢のよくないシゲの背中をより丸くしている。この時期に、俺に何が欲しいかを聞く。もしかしてクリスマスプレゼント?だとしたらやけに早くないか?まだ一ヶ月近くある。まさか、お歳暮?シゲが俺に?なんてふざけた事を考えた所でハッとした。

11月の終わり、何か欲しい物。

「あ、ひょっとして30日、の事か?」
「はい、その通りでございます。11月30日はたつぼんの14回目のお誕生日でございます」

おめでとうございます、とうやうやしく頭を下げられて、反応に困る。ありがとう、と覇気のない声でお礼を言った。

「忘れとったんやろ、自分の誕生日」
「や、だって、まだ当日じゃないし。何日かあるし」

からかう様に言われムキになって言い返すけど、確かに当日になっても忘れていたかもしれない。多分、母さんに言われて思い出す、という所だろう。誕生日を何日も前から楽しみにしているなんて、子どもの頃の話。この年になったら毎日の生活が忙しいのも手伝って、そんな事もなくなってしまう。
けど、自分でも忘れていたその日をシゲが覚えていてくれた。そして俺に何が欲しいか、と伺いを立てている。たったそれだけの事で気分が浮き立っているのが分かる。自分が凄く単純な人間の様で、なんだか癪だ。

「もう直ぐたつぼんの誕生日やろ。で、何をあげようかしばらく考えてん。どうせあげるなら、欲しい物の方がええやろ。そっちの方が嬉しいやろ。やからたつぼん、何か欲しがってるもんないかなー、思て観察してたけど」
「観察って俺は虫かよ」
「けど、これと言って欲しがってるのが分からんくて」
「で、直に聞いてみた、と」
「そう言う事」

何か欲しい物ないなんて、珍しい、というより初めてシゲの言葉。しばらく俺の事を、見てたと言う。何を欲しがってるかを知るために。その理由が誕生日プレゼントのためだなんて、驚きと嬉しさが交じり合う。

緩んだ口元を見せるなんて恥ずかしいので、顔に力を入れていると、今の俺は確かにビンボーやし、と『今の』の部分をやけに強調してシゲが言った。今だけじゃなく常にだろ、と突っ込みを入れないのは俺の優しさだ。

「たつぼんがコンポやスパイク欲しい言ったら、ほいほい買ってやれるだけの甲斐性はない。ないけど」
「けど?」
「たつぼんの誕生日やもん。なんかあげたいやん。…で、話は元に戻るけどお手軽価格でなんか欲しいもん、ない?」

シゲの気持ちは嬉しい。好きなやつに誕生日プレゼントの相談をされて、嬉しくない筈はない。けど、『今の』お前は貧乏だし、別に気持ちだけでも充分嬉しい。思いは伝わる。だからそう言うと、

「いや、それはシゲちゃんの気が済まないから」
「俺の気は済むよ」
「そんなそっけない。年に一遍のたつぼんの誕生日やのに。なんかプレゼントさせて。形のない愛は年中惜しみなく捧げとるからそれはええとして、それプラス形のあるささやかな捧げ物っちゅう事で」
「何が愛は年中だ。恥ずいぞ、お前…」

ニカっと笑いながら、で、何がええ?なんて聞かれて、返答に困る。だってお前からなら何を貰っても嬉しいのは分かりきってる。おめでとうの言葉と一緒に貰えるのなら、なんだって。

それでも、お手軽価格な、と再度言われ促されて、そんなに言うなら、と頭を捻る。 シゲのお手軽価格なら、相当低めに設定した方がいいだろうか。

「じゃあ、ミルクティー奢ってくれ。缶の」
「あ、それはダメ。何か形の残る物。ミルクティーなんてその場で飲んだら、終わりやん」
「注文多いな、全く」

形に残る物がいいなんて、一体どこのロマンチストなんだ。お手軽価格で、形に残る物。何、何がええ?と期待に満ちたシゲの視線を居心地悪く受け、更に考える。

「あ、そう言えば、シャーペンの芯がもう直ぐなくなる」
「シャーペンの芯〜?ちっさ過ぎ」

ガクリ、と大袈裟にシゲが体を脱力させた。

「いいだろ、超お手軽価格で」
「お手軽過ぎや。もうちょっと出せまっせ」
「なら、数学のノートももう少しで終りそうだけど」
「ノートなんて小学生やあるまいし」

チチチ、と指を振って拒絶される。本当に注文が多い。シャーペンの芯やノートだってあれば助かるのに。ああでもない、こうでもないと、言い合って、結局部活の時に使えて、あっても困らないスポーツタオルを貰う事にした。シゲの言う所の、財布に優しい適正価格の。

「あー、決まって良かった。スッキリ」
「こっちも決まって良かったよ…」

なんで貰う側の俺がこんなに悩まなきゃならないんだ、と思いつつシゲの方を見ると、本当にスッキリした風の笑顔のシゲが居た。シゲもシゲなりに俺に何をあげるか、悩んでくれていたんだろうか。少ない軍資金の中から、何を選ぼうか考えてくれていたんだろうか。そう思うと、結構疲れたけどなんでも許せてしまう自分は、結局シゲに甘いんだろう。

「本当は当日まで引っ張ろうかと思ってたんやけど」
「うん?」

腕を天に伸ばしながらシゲが言う。

「ギリギリまで自分で考えて、当日に何かプレゼントして、たつぼん驚かせよう、思ってたんやけど」
「でも何にするか、思い付かなかったんだろ」
「ま、それもあるんやけど。今日な、うちのクラスの女子らが水野君の誕生日、もう直ぐだね〜って言ってたん」
「え、そうなのか」

シゲのクラスの女子に、自分の誕生日がいつだなんて言った事はないのに。なぜそんな事を知られているんだろう、と訝しがると、女子らのネットワークを甘くみたらあかん、としたり顔で言われた。

「それ聞いてちょっと慌ててしもた。自分、誕プレ沢山貰うだろうし、当日、誕生日おめでとう、が最初に言えるかどうか分からんし。他の誰かに先越されるかもしれんし、それって悔しいやん」
「シゲ…」
「おめでとう言うのは俺が一番に言いたいやん。そういうのは恋人の特権やろ」

やから、何が欲しいか聞くのにかこつけて、ちょっとフライングしてしもた、と照れ臭そうにシゲが笑う。

欲しい物は何なんて、形に残る物がいいなんて、おめでとうを一番最初に言いたいなんて。やっぱりお前はどこのロマンチストだ。さっきだって、誕生日に何が欲しいかなんて聞くの、言い出し難かった筈だ。普通を装ってるつもりだろうけど、切り出した時の歯切れの悪さが分からない程、薄い付き合いじゃない。お前を知らないわけじゃない。
でもそんなお前が、そんなお前の言動が、堪らなく俺を嬉しくさせるんだ。

だけど、そんな事を素直に言えない俺は、照れ隠しに、お前が遅刻ギリギリに来なければいいだけの話だけどな、と言ってやると、それは言わんといて〜、と情けない声で返された。

「じゃあ、明日早速買いに行くから。お誕生日を楽しみにしててや」
「お誕生日なんて言われるとたちまちガキっぽいな…」
「お、スマンスマン。たつぼんはもう14になるんやから、子どもっぽい言い方はあかんよな」

ニヤニヤと面白そうに言うこいつは既に15だ。あかんとか言いながら、おもいきり俺の事を子ども扱いしている。いつまでも絶対に追いつかない一つの年の差がむかつく。

「でもどうせ誕プレで貰うなら、普通に使えるやつにしてくれよ。ド派手過ぎとか趣味悪過ぎとかで、人前で使うの恥ずかしいのだったらヤだぜ、俺」
「そこは任せとき、シゲちゃんのセンスを」

シゲの服や身の回りの物を見ていると、よし、任せた、と言っていいのかよく分からない。自分では決して選ばないような物ばかりだからだ。でもきっとシゲが選んでくれた物ならなんでも嬉しい。さっきお前は欲しい物の方が貰って嬉しいと言った。それは確かにそうかもしれないけど、お前がくれる物だったら何だって嬉しい。お前が俺のために選んでくれた物だったら、何だって本当に嬉しいよ。

「でも部活の時に使えるもんってええな。これシゲから貰ったんだ、いいだろ、って自慢出来るやん?」
「いや、そんな事言わないから」
「言ってもええで。むしろ言って」
「絶対イヤ。むしろひっそりと使うし」

たつぼん、冷た、なんて大袈裟に嘆く金髪に笑った。自慢はしないけど、有難く大切に使わせて貰う。シゲから貰う物だから。


自分でも忘れていた誕生日を 思い出させてくれたのは一番好きなやつ。本当のその日より数日早かったけど、俺を驚かすには充分だった。プレゼントに何を貰うかはもう分かってしまった。それでも凄く楽しみだ。おめでとうの言葉と一緒にそれを貰うのが。

誕生日が楽しみだなんて、一体いつ以来の事だろう。

終(2009/11/30)
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