ファーストステップ
「俺な、たつぼんの事が好き、みたいやねん」
部活が終わっての帰り道。いつもの様にシゲと二人で歩く、通い慣れた道、見慣れた風景。
さっきまで二人が話していたのは、今度試してみたいと思っていたフォーメーションについて。
会話が途切れて、少しだけ沈黙が流れたその後に何でもない様に紡がれた言葉。何の脈絡もなく言ってきたそれの意味を把握するのに一瞬間が開いた。
シゲの方を見ると、少し俯き加減のいつもの姿勢で歩いている。こいつはいきなり何を言い出してくるんだろうと訝りながら返事を返した。
「俺だって、お前の事好きだけど…」
だってこいつとサッカーをするのは楽しいし、話をするのも楽しい。あまり友達付き合いと言うのが得意ではない俺に、何の屈託もなく近付いてきたシゲ。その気安さと開けっ広げな明るい性格で、あっと言う間にこいつに打ち解けている自分がいた。仲の良い友達というポジションを確立して、ひょっとして『親友』ってこう言う事を言うんだろうか、なんて気恥ずかしい事を考えたりすらもした。
そんなシゲの事を嫌いな筈はない。いきなり言われた事には驚いたけど、シゲもちゃんと俺の事を好きでいてくれてるんだ、と内心喜んでいると。
「あ、ちゃうねん」
シゲは俯いていた顔をここでようやく上げてこちらに顔を向けた。視線が合った。
「たつぼんの言ってる好きとはちゃうねん」
俺の好きとは違うってどう言う事だ?意味が分からずに頭を少し傾ける。
「たつぼんの好きはオトモダチの好き、やろ?」
「え?まぁ、そうだけど」
「俺の好きはちゃうねん。ユージョウじゃなくって。レンアイって言うか、オツキアイとか、…キス、したいとか」
そう言う好きやねん、と視線をしっかり向けたままシゲが言った。
…は?こいつは一体今、何を言った?レンアイ?オツキアイ?…キス?
それらの言葉がぐるぐると頭の中を駆け巡っている。ぽかん、とシゲの顔を見つめていると自然に進んでいた足が止まった。つられて歩みを止めたシゲと通学路の真ん中で見つめ合う。
そこにあるのはいつもの人を食った様な飄々とした表情ではなく、茶化す風でもなく、真剣な真っ直ぐな眼差し。ふざけてそんな事を言ってる様な雰囲気は微塵も感じられない。言われた言葉が言葉だけに、『なんてな』とへらりと笑うシゲに出くわしても全然不思議ではなくて。でもそんな気配はまるで感じられない。
……ひょっとして、マジ?
無言でシゲと見詰め合っていたのは多分、ほんの数秒だと思う。でもやけに長く感じた時間のその後で、シゲは苦笑いを浮かべた。
「…驚かせた?」
…はい、そりゃーもう。こんなに驚かせて貰ったのはいつ以来の事か分からない程、久し振りの事です、佐藤君。
「驚くだろ、だって、シゲ、いきなり…」
何だかいたたまれなくって俺の方から視線を外した。俯いて自分のスニーカーの先っぽを意味もなく見る。
そやろなー、と苦笑まじりにシゲが言う。その響きに何だか淋しげなものが含まれていて少しだけ胸が痛んだ様な気がした。
「友達に、しかも男に告られてもなー。そら、びっくりするわな」
視界の端にちらりとシゲも俯いたのが映った。道の真ん中で俯き合ってる男子中学生二人。何をやってるんだ、俺たちは。
でもこの場の雰囲気から、歩き出す事も俺から口を開く事も出来ずに固まっていると、シゲがぼそり、と呟く様に言った。
「俺な、たつぼんと一緒にいるとめっちゃ楽しいねん。それだけやったらカザや高井と居っても同じやけど、たつぼんとはいつも一緒に居たいっちゅーか。気が付けば、たつぼんの事探してるっちゅーか。いっつもたつぼんの事、考えてるっちゅーか」
やっぱ、好きみたいやねん。最後に言った言葉はほとんど独り言の様だった。
「…シゲ」
今自分に掛けられている言葉が信じられなくて、恐る恐る視線を上げると、今度は明るい声でシゲが話し出した。
「あ、俺、ホモちゃうよ。ちゃーんと女の子の事好きやから」
それは知っている。こいつはとにかく女の子にもてる。彼女だって何人も変わっている、らしい。下級生やら同じ年やら上級生やら、高校生やら10才も年上のOLやら。どこまでが本当でどこからがデマなのかは知らないけれど、こいつの彼女の噂と言うのはひっきりなしに、まことしやかに流れている。出所はやっかみ半分の男子だったり、がっかりとした口調の女子だったり様々だけど。
女の子は大好き、と続けた後で。
「だけど、なんでかたつぼんが好き、みたいやねん。なんでかはわからへんけど」
たつぼんが好きやねん。 特別、やねん。
真っ直ぐに視線を向けられて、その真摯な告白に心臓がどきんと跳ねた。そのまま真剣な眼差しに見つめられて、鼓動は急ピッチで加速していく。
「…シゲ」
「たつぼんは俺の事嫌い?」
「…嫌い、な筈ねーじゃん」
いきなり質問を向けられて、あわてて搾り出した声は裏返っていた。
「…じゃ、好き?」
「……えっ」
「俺の事、そう言う風に見られへん?レンアイタイショーとして」
「…っ」
「困る?」
「…」
「……気持ち、悪い?こんな事言われんの?」
強い視線で続け様に尋ねてきていたシゲが、最後の質問の時だけ瞳が少し揺れた。それを認めた時、またしても胸がちくりと痛んだ気がしたけれど、口から出たのはそれを打ち消す言葉ではなかった。
「…わ、かんねーよ」
「たつぼん…」
だって仲のいい友達だと思ってたシゲからいきなり告白されて。シゲの事は勿論好きだけど、付き合うとかそんな事は考えた事はある筈もなく。それに付き合うどうこう言う前に大きな問題が一つある。それは俺たちが二人とも男同士だと言う事だ。
俺だってシゲといるのは楽しい。二人でいる時間が好きだ。 シゲの彼女の噂を聞く度に、なんだか嫌だと思ったのも確かだけど、それは仲のいい友達を取られた時に感じる子供じみた独占欲だと思っていた。
シゲは好きだ。でも男だ。シゲが俺を好きだと言う。俺だって、好きだけど。でも同性だ。でも一緒にいると楽しい。
ぐるぐると思考は空回りする。
「…わかんねぇ、いきなり好きとか言われても。オツキアイとかって、そんなの、俺…。だって、俺たち…」
我ながら余裕のない、いっぱいいっぱいな事を言ってると思っていたら、目の前には見る見るうちに笑顔を湛えていくシゲがいて。
「あー、良かった」
ほっとした、と言う表情でシゲが嬉しそうな声を出した。
「…シゲ?」
「だってわからへんって事はまるっきり、望みがないってわけでもないやろ?嫌やったり気色悪かったりしたら、たつぼんの性格ならその場ではっきり言うんちゃう?」
そう言われればそうなんだろうか。驚いたけど。どうしたらいいか分からなかったけど。そんなの絶対嫌だとか。気持ち悪いとかは確かに全然思わなかった。
今までに女の子に告白された事は何度かある。正直、可愛いなと思った子もいた。だけど、その度に何の躊躇いもなく断ってきた。そう言う事に興味はなかったし、どうしたらいい、なんて考えた事もなかった。
なのに、なんでこいつにはいつもの様に断らなかったんだろう。
ほな、とスクールバッグを肩にしっかりと掛け直してシゲが片手を上げた。
「全然駄目っちゅうわけでもなさそうやさかい、たつぼんがその気になるまで、長期戦で頑張らせて貰いますわ」
「その気って、シゲ」
「シゲちゃんの事、好きになる気の事や」
そう言って笑ったシゲの顔は見慣れた、人を食った様な不敵なものだった。さっきまでのしおらしいシゲはどこに行ったんだ。でもこんなシゲの方がよっぽどシゲらしい、なんてその憎らしい顔を何故か安堵した想いで見つめていると、
「ほな、また明日なー」
金髪野郎は手をぶんぶんと振りながら、一目散に走り去っていった。
「あ、シゲ」
あの野郎、自分の言いたい事だけ言ってさっさと行っちまいやがって。なんとなく呼び掛けた声と一緒に上げた手が中途半端に宙に浮いた。
みるみるうちに小さくなっていくシゲの後ろ姿を見送りながら、ここで初めて自分の顔が熱くなっているのに気が付いた。半端に上げた手の平を頬に寄せると、滅茶苦茶熱い。多分自分の顔は今、真っ赤になっているんだろう。
熱い頬のままで、さっき受けた青天の霹靂の告白を反芻する。
シゲが俺を好きだって?レンアイ?オツキアイ?…キキキキス?
どうするんだ、俺。相手はあのシゲだ。自分と同じ、男のシゲだ。 既に姿が見えなくなってしまったシゲの走って行った方向を見ながら、あいつの顔を頭に思い浮かべる。派手な金髪、幾つもつけたピアス、不敵に笑う顔。
全然気持ち悪くはなかった。驚いただけだ。シゲがそんな風に自分の事を見ていたなんて。
気持ち悪くはないよ、シゲ。
だけど色々と困った事にはなるんじゃないか。男同士の俺たちが付き合うなんて。倫理的にも。人道的にも。人には勿論言えないだろうし。後ろめたい気持ちを抱えていく事にもなるだろうし。
だけど一番困った事はな、シゲ。
お前に告白されて、滅茶苦茶嬉しがってる俺がいる、という事なんだ。
終(2005/07/23)
これは一体いつの話だというのは、あんまりお気になさらぬ様に…。たっちゃんたら、シゲちゃんにプッシュされてあっと言う間に落ちちゃいそうです。