誰よりも一番


『そうだ、あの子も誘いなさいよ』

いい事を思いついた、とばかりに孝子が声を上げる。もうすぐやってくる俺の誕生日について話していた時の事。
中二にもなって家族で誕生パーティなんて、正直微妙だ。取り立てて特別の事なんてしなくてもいいと思うのだけど、たっちゃんの好きな物を作りましょうね、とか、ケーキはどこのにする?それとも作る?なんて楽しそうに張り切って相談をしている母さんと祖母ちゃんを見ていると、そんなのどうでもいいとは言い難い。母さんたちに任せるから、と適当にお茶を濁す。
偶々仕事が早目に終わって帰宅していた孝子が、そんな様子を目にして口を挟んで来た。

『あの子も誘いなさいよ、シゲちゃん』

予期しない所で出て来たヤツの名前に心臓がどきんと跳ねた。

『あの子が来たら楽しいし、あんたが珍しく連れて来た友達じゃない。声、掛けてみたら?』

何度かうちに来るうちに、あの愛想と調子の良さでうちの家族としっかりと馴染んでしまった金髪。あの口達者野郎は年代を超えて、女受けがいいようだ。孝子の言葉に、あら、いいじゃない、誘ってごらん、とたちまち母さんと祖母ちゃんも同意する。

そんなに言うなら一応声は掛けて見るけど…、とさほど気の乗らない口調で言うものの、実は内心喜んでいた。いいタイミングで、いい提案をしてくれた。孝子、ありがとう。

みんなには内緒で(言えるものでもないけど)、お付き合いと言うものをしているシゲと俺。誕生日には一緒に過ごしたい、と密かに思っていた。でも家族で過ごす事がいつの間にか決定されていたらしいので、どうやら二人切りと言うのは無理。
それなら、うちに呼べばいいのだけど、自分からシゲに俺の誕生日にうちに来てみんなでご飯を食べないか、なんて言うのはちょっと恥ずかし過ぎる。
だから、孝子が誘えと言ったと言えば、声を掛けやすいじゃないか。二人切りじゃないけど、誕生日を一緒に過ごせるじゃないか。孝子、グッジョブ。心の中で拳を作る。

自分では普通のつもりだったんだけど、母さんには、たっちゃん楽しそうね、と言われるし、孝子には、誕生日が楽しみなの?まだまだガキね、なんて笑われるし。 嬉しさが顔に出ていたらしい。不覚だ。

『…という事で、孝子からお前を家に誘えって言われたんだけど』と、シゲに声を掛けたのはその次の日。飽くまでも自分が言い出したのではない事を強調して。

お、たつぼんの誕生日?行ってええの?ゼヒトモ参加させて下さい、と速攻で承諾の言葉が返って来て内心ほっと胸を撫で下ろす。

『真里子さんのお料理、美味いからな。楽しみやわ』
『…お前、食べ物が目当てかよ』
『あ、トンでもないです。たつぼんのお誕生日をお祝いするのが一番に決まってるやん。それにしてもあのぼんがもう14でっか。ホンマに大きくならはって』
『お前はどこの親戚のオバちゃんだ』

そう言うと、もう既に15才のシゲは声を出してからからと笑った。

別にいいけど。母さんの料理が目当てでもなんでも、自分の誕生日にシゲと過ごせるのなら。俺の生まれた事を祝ってくれるのなら。
口には出さない思いを込めて、笑うシゲを見つめた。


11月30日、その日。部活が終わった後にシゲと一緒にうちへ向かう。

大きく膨らんだ、紙袋と共に。

今日は朝から誕生日おめでとうとプレゼントのラッシュだった。靴箱に入れられていたり、机の中に押し込まれていたり、勿論、面と向って渡されたり。その贈り主の多くは、見知らぬ女生徒からだった。
誕生日を祝われて嬉しくない筈はないけど、知らない子からの贈り物なんて正直反応に困る。それでも赤い顔をしながら差し出される包みを、受け取れないから、と突っぱねる事も出来ず。部活の時間には、プレゼントの小さな山が出来ていた。こんなの手で持って帰れないじゃないか、と途方に暮れていると、見兼ねた小島が部室に多少よれてはいるけど大きい紙袋があるから、と教えてくれた。また沢山貰ったわねー、と呆れた様に言いながら。


「また、仰山貰ろたな」

校門を出たところで、隣を歩くシゲが袋を覗き込みながら小島と同じ事を言った。大きな紙袋からはみ出しそうな勢いのカラフルなラッピングや可愛いリボン。いかにも女の子からの贈り物と言った色彩だ。

「そうだな。自分でもびっくりなんだけど。そもそもなんで今日が俺の誕生日だなんて知ってるんだ?」
「そんなんたつぼんサッカー部の王子様でアイドルやもん。ファンの女の子たちは調べるに決まってるやろ。誕生日なんて極秘情報やあるまいし、簡単に判るやろし」
「王子様言うな。そんな柄じゃねぇよ、俺は」
「やって、練習ん時集まって来てる子ら、ほとんどたつぼん目当てやで。言ってるやん、あの子ら、水野君素敵〜、水野君かっこいい〜、水野君超イカス〜」
「シゲ、気持ち悪い…」

後半部分のわざとらしい高い裏声に顔を顰めた。確かに練習を見に女の子たちが来ているのは知ってるし、自分に向って声を掛けているのも気付いている。
でもそういう子たちに一切興味はないし、そんな呼び掛けに反応した事も一度もない(シゲは偶に愛想を振り撒いてるけど)。迷惑とまでは言わないけれど、なるべくなら来ないで欲しいと思うくらいだ。だからこんなプレゼント攻勢も、嬉しいと言うよりは戸惑う気持ちの方が大きい。
なのに。

「嬉しいやろ、女の子たちからそんなにプレゼント貰ろて」
「嬉しいって言うか全然知らない子たちからだぞ。初めて話していきなりおめでとうなんてプレゼント貰ったって、どう反応したらいいか困るじゃねぇか」
「そんな硬い事言っとらんで、素直に喜んどけばいいんちゃう。俺ってやっぱ、モテモテ?とか思っとって」
「…シゲ?」

思わず隣を歩くシゲの方を向く。今の言葉、なんか小さな棘が入っていなかったか?今のと言うか、さっきからずっと。そう思ってシゲを見ると、あまり目にする事のない不機嫌な表情がそこにあった。なんとなく纏っている雰囲気が硬い、様な気がする。

ひょっとして機嫌悪い?そう聞くと、べっつにー、のそっけない一言が返って来た。つっけんどんな声で。機嫌悪いの丸判りじゃん、お前。

そう言えば、練習が終わって着替えの時に、いつもなら聞こえてくる賑やかなシゲの声が聞こえてこなかった。練習中も、ほとんど目が合わなかった気がする。

「…何、怒ってんの、お前」
「別に怒ってへんて」
「…怒ってるじゃん」

こちらを見ないシゲから視線を外して、下を見ながら歩く。俺は自分の誕生日にシゲがうちに来るというので勝手に浮かれていた。いつもはもっと丁寧に書く部誌も、今日は適当に切り上げた。なのに当のこいつは何だか不機嫌で。
わけ判んねぇ。せっかくの誕生日なのに、と思うと今まで晴れやかだった心の中が、いきなり曇り空になっていく様だった。
と、シゲが小さく溜息を付いたと思ったら、ぼそりと呟いた。

「…やって、自分の彼女が他のやつからプレゼント仰山貰って嬉しそうにほくほくしてたら、いい気持ちするわけないやん」
「…あ?」
「やからたつぼん、モテ過ぎ。そないにプレゼント貰わなくってもいいっちゅうねん。面白くもない」
「彼女って俺か?誰が彼女だ。しかもほくほくなんかしてねぇし…」

不機嫌そうに言い放つシゲにそこまで反論した所で、言葉が止まった。彼女でもないし、ほくほくもしてないけど、今の言葉って。シゲの不機嫌の理由って。

ひょっとして、ヤキモチ、なのか。

思わず、シゲの横顔をまじまじと見つめた。それと同時に思い出してしまった。5ヶ月近く前の事を。

7月8日、シゲの誕生日。あの日は俺の奢りで、ファーストフードの店に行く事にしていて、今日みたいに二人で帰った。やっぱりこいつも女の子たちからプレゼントを沢山貰っていて、ぱんぱんに膨らんだ袋を持っていたのはあの時はシゲだった。そして、あぁ、そうだった。思い出した。あの時の俺の機嫌は最高に悪かった。今のシゲの様に。

なんでこいつはこんなにプレゼント貰うんだよ。貰い過ぎだろ。女の子たちに愛想振り撒き過ぎなんじゃないか。そんな事を思っていたら、シゲに言われた。『たつぼん、機嫌悪いなー』
『別に。ただ、お前がプレゼント貰ってへらへらしてるから、締まんない顔して見っとも無ぇと思ってるだけだ』

それってヤキモチ?とクスリと笑われて、当たっていただけに癇に障る。我ながら、子供っぽい言葉が出た。

『そんなんじゃねぇし。まぁ、これだけ他のヤツからお祝い言われたら、別に俺が言わなくたって良さそうだよな』
『何言うとんの、たつぼん。どこの誰が何百人お祝いしてくれたとしても、たつぼんからのお祝いが一番嬉しいに決まっとるやないか』

にやにやしていた笑いを引っ込めて、大真面目にシゲが言った。ストレートに嬉しい言葉を言われて不機嫌さなんて吹っ飛んでしまった。それでもやっぱり素直じゃない俺は、『…嘘くせぇ』と素っ気無くそっぽを向いた。鋭いシゲが俺の顔が熱い事に気が付いていない筈はない。引っ込めた笑顔をまた呼び戻して、ほんまほんま、と繰り返した。

たつぼんからのお祝いが一番嬉しい。

あの時の俺と、今のシゲが同じなんだ。ヤキモチ焼いて、子供みたいに拗ねて。いつも余裕があって、俺を振り回してばかりのシゲが、こんな事でヤキモチを焼くなんて。こんなに判りやすく不機嫌になるなんて。意外だ。珍しい。そして嬉しい。
思わずにやける口元を隠す為に、手で口を覆ったのにシゲが気付く。

「…何笑っとんの?」
「いや、別に」
「楽しそうやな、たつぼん。やっぱりプレゼント仰山貰ろうて、嬉しいんやろ」

滅多に聞く事のない、シゲの子供の様な拗ねた口調も今は心地良いだけで。更に口元が綻んだ。

「うん、嬉しいよ」
「…さよか」
「だって、好きなヤツが自分の誕生日を一緒に過ごしてくれるんだぜ、嬉しくない筈ないじゃん」

言った途端にこちらを見たシゲの目が、え、と大きく見開かれる。不意打ちを食らって驚いた顔。こんなのも珍しい。声を出して笑ってしまった。

「だから、もし俺がほくほくして見えたんなら、それはシゲがうちに来るから、だな」
「…なんか今、凄い珍しい事聞いた様な気がする。俺の聞き違いかな」

まじまじと見つめられて、非常に照れる。確かにいつもの俺らしくない。いつもならこんな事言わない。

でも本当の事だから。そしてシゲが、俺が拗ねてた時に嬉しい言葉を言ってくれたから。今日でひとつ大人になったんだから、偶には素直に自分の気持ちを言ってもバチは当たらないだろう。

「…まぁ、今日は誕生日だからな。珍しい事もあるんじゃねぇ?」
「たつぼん…」

目が優しく細められ、参った、とシゲが言うので、なんとなく勝った様な気持ちになった。

堪忍な、変な態度取って、とシゲが頭を下げる。

「たつぼんがモテるのは知っとるけど、こうまざまざと見せつけられたらな。ちょっと 不機嫌になってもうてん」
「だってお前の時だって、もっと凄かったじゃねぇか。紙袋ぱんぱんで。しかもお前はへらへらしてたし」
「へらへらなんかしとらんし、たつぼんには負けてたで、俺」

こんなに貰ろてないもん、とシゲが紙袋を指差す。

「あったって。俺の2倍は貰ってた」
「自分、過去のモン、記憶の中でスケールでかくしてくタイプやな。ちゃうって」
「そうだって」

すっかり機嫌の直ったらしいシゲと薄暗くなった道を言い合いをしながら歩く。顔に当たる風は冷たい。でも、心は弾む。

あ、そう言えば、とシゲが思い出した様に言った。

「何?」
「今日朝一で言お、思ってたんやけど、玄関でたつぼん見た時な」

丁度プレゼント渡されてたんや、とシゲが苦笑する。

「やから、言いそびれてしもてた」

まだ、言ってなかったな、とにっこりと笑いながらシゲがこちらを見る。

「誕生日、おめでとう、たつぼん」
「…うん、サンキュー、シゲ」

自分が生まれて来た日を好きな人に祝われる。
こんな小さな事が、とてつもなく幸せな事なんだと知ったのは、14才の一番最初の日だった。

終(2005/11/30)
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