大丈夫だよ


「おはようさん、たつぼん」

満面の笑みを浮かべて手を振ると、洒落た洋館から出て来たその家の茶色い髪の住人は驚きに目を見開いて、一瞬固まった。

「…なんでお前がここにいるんだよ」
「なんでって、その言い方、冷たいなぁ。たつぼんを迎えに来たに決まってるやん」
「決まってるって、お前がそんな事するの初めてだろ」

朝練の為に学校の方へと足を向けたキャプテンの隣に並んで一緒に歩き出した。

「んー、実は朝早う目が覚めてしまってん。せやし時間に余裕あったから、偶にはお出迎えでもしよかな思て、…って何空見上げてるねん、たつぼん」
「いや、お前が早起きなんて珍しい事するから、雪でも降って来るんじゃねぇかと」
「ひど。なんで俺が早起きしたら春に雪が降るねん」

声を挙げて楽しそうに笑う横顔に、文句を垂れる。

「せっかく愛しの王子様のお迎えに来たシゲちゃんに向って、あんまりちゃう?」
「い、愛しって、何言ってんだよ、お前。それに王子様とか言うな」
「あれ、お姫様の方が良かった?」
「更に悪いだろ。どっちも駄目!禁止!」
「あらそ?たつぼん言い表すのにぴったりなのに。『愛しの私のお姫様』」
「…馬鹿か、お前は。今度そんな風に呼んだら一切返事しないからな」

不機嫌な口調で言い放ち、歩調を速める。けれど、本気で怒っているわけではないのはその耳が赤いのがいい証拠。
完全な照れ隠し。ほんまに可愛いぼんやなぁ。

夢を見た。たつぼんに別れを告げられる夢。『サヨナラ』と言われた時の、自分の身が一瞬にして冷え切った様な感覚をはっきりと思い出せる。そんな夢を見て飛び起きて、心臓が思い切り疾走して。そしてそれから寝付かれず、不安な想いを抱えて朝を迎え、それを一刻も早く拭いたくてたつぼんを待ち伏せしてたなんて。そんな事は決して言えない。夢なんかで動揺してしまうなんて可愛い一面が自分にもあった事に苦笑する。

大丈夫、あれは夢。現実のたつぼんは俺の言葉に照れて反応して。耳を赤くしている愛しい存在。だから大丈夫。

物とか人とかに執着したり固執したりする事はなかった。なんでも簡単に切り捨てられた。そんな俺が初めて自分だけの物にしたいと思ったのは、自分と同じ性別を持つヤツだった。
純粋培養のサッカー少年に心を奪われて、その一挙一動に心を動かされて、乱されて。自分にもこんな感情があった事をたつぼんを好きになって初めて知った。

そんな事を思いながら、真っ直ぐにぴんと背を伸ばして歩く後ろ姿を見ていると、その背中がふいに止まる。

「…とろとろ歩いてると遅れるぞ。せっかく早起きしたのに、それじゃなんの意味もねぇだろ」

声音だけはぶっきらぼうに、それでも立ち止まって俺の事を待っている。
眩しい朝日の中で、綺麗な薄い色の髪が光る。

「…そやな」

その眩しさに目を細めた。たつぼんの一番側に居られる幸せを、しっかりと噛み締めた。

なぁ、たつぼん。誰かに捕われて、心乱されるのって。
実はそんなに嫌な事じゃなかったんやな。
それを教えてくれたのは。たつぼん。自分やから。


(2006/04/19)
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