第一印象


『第一印象は、そうですね。…最悪でした』


夕食の後、学校帰りに買ってきた雑誌を居間のソファーで見ていた。ページを捲っているうちに、テレビの番組はうちの女たちが揃って見ているドラマが終って、いつの間にかバラエティーに代わっていたらしい。テレビから聞こえたセリフに雑誌から顔を上げれば、そこには少し前に同業者との結婚が話題になった若い女優の笑顔があった。確かドラマの共演が縁で、と朝のワイドショーで言ってた気がする。話題は結婚相手との経緯のようだ。

最悪でした、の言葉に、司会者の芸人がそうなんだ、と応じる。隣に座っている百合子が、ありがちね、と言えば他の女たちもうんうん、と頷いていた。

「…ありがち、なのか?」と、百合子に問う。

「うん?」
「第一印象が最悪なのに、結婚するって、よくあるのか?」
「結婚まで行かなくても、最初の印象が悪くて、でもなんだか気になるなぁって思っているうちに好きになるって結構あるわよ。それで付き合っちゃうとか。割と普通、普通」
「…ふーん」

そうそう、なんてしたり顔で頷いている所をみると、みんなそんな経験があるんだろうか。頷く顔の中には、母さんまで入っている。ひょっとしたら、いつも眉間に皺を寄せている親父との結婚のプロセスがそんな風だったんだろうか。あの万年仏頂面の親父が、初対面の人に好印象を与えるとはちょっと想像しにくい。二人の出会いはどうだったんだろう。聞いてみたい気もするけど、今そんな事を言おうものなら孝子や百合子からどんな突っ込みが入るか分かったもんじゃないので、聞くとしたら母さんが一人の時にしよう。そんな事を思っていると、

「でも珍しいじゃない。あんたがそんな事聞くなんて」
「あ、ひょっとして、出会いは最悪で、でも今は気になる女の子でも居るの?」
「えー、そうなの?たっちゃん、ありがちパターン?」

と、孝子たちがニヤニヤしながら言ってきた。全く女は詮索好きで厄介だ

「別に。ただ聞いただけだろ」と、素っ気無く言い放ち雑誌に視線を戻した。本当にー?と詰め寄ってくるけど相手にせずに、適当に生返事をしているうちに二人とも俺を構うのを止めて画面に戻っていった。全く女は詮索好きで、そして勘がいいから厄介だ。

『初めて会った時は、なんだか偉そうな感じで…』
『話も全然弾まなくって、きっと向こうも私の事…』
『でも、何回か会ううちに意外と共通点が多くて…』
『実は凄く話しやすい人だったみたいで…』

テレビから明るい声が聞こえてくる。『最悪の第一印象』と、いう言葉で俺の脳裏に浮かんだのは、派手な金髪の顔だ。

最初にシゲを認識したのは入学式の時。その時思ったのは、とにかくなんて派手なやつなんだろう。明るい金髪、幾つも付けたピアス、だらしなく着崩した制服。あいつは不良で、自分とは違う人種だ。幸いクラスも違ったし、近付かないに限る。初めて声を掛けられた時、俺、カツアゲされてる?なんて思ってびびったんだっけ。あの時はかなり動揺した。そんな事を思い出して思わず苦笑した。これ以上ないくらいの最悪な第一印象だった。

だけど、シゲの予期せぬサッカー部への加入。一緒にボールを追うようになって、話をするようになって。少しずつ、あいつへの印象が変わっていった。いい加減で、適当なやつだと思っていたら、真摯な一面も持っているというのが分かった。シゲと話していると楽しかったし、一緒に居ると居心地が良かった。何か大きなきっかけがあったわけじゃない。ある日を境に突然そうなったわけじゃない。少しずつ、少しずつ。いつの間にかシゲは近付きたくない不良から、いつも側に居たい人に変わっていた。

好きになっていた。

シゲの俺に対する第一印象も、きっと碌なもんじゃない。初対面からいきなり人の事を『ぼん』なんて呼んだし、俺はあいつに対してケンカ腰だったし。いい印象をシゲに与えていたとは到底思えない。 どうせ、甘ったれのぼんぼんとか、生意気そうなガキとか、そんな所だろう。

だけど今は違う、と思う。俺の事を『好き』と言ってくれたし、俺と一緒に居たがるし、何より俺を見る時のシゲの優しい眼差しが、俺の事を好きなんだと実感させてくれる。

『タツボン、スキヤ』

そして、キスしたがるし、触れたがるし、色々したがるし…。

そんな事を考えていたら、顔が赤くなって慌ててしまった。みんなテレビを見ていて、俺の顔色に気が付く筈もないのに。


『今では一番大切な人です』


そっとブラウン管の方を見れば、幸せそうな笑顔がそこにあった。


俺の一番大切な人は派手な金髪だ。第一印象は最悪、出会いは最低。でも今はいつも側に居たい人。

なぁ、シゲ。第一印象が最悪でも、その人を好きになるってよくあるんだって。それなら俺たちも、案外ありがちな二人、なのかもな。

終(2010/07/30)
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