ビーズ


「シゲちゃん、これ、ありがとう」

放課後。シゲと一緒に校門を出ようとしていた時、後ろから声が掛る。
振り向くと、一人の女子生徒が小走りに近付いて来ていた。シゲと同じクラスの子だ。お、と隣に居た金髪が反応する。

「かまへんよ。綺麗に出来てるやん、それ」

それ、とシゲが視線をやった先はその子の上げた手の甲。指に赤い色の指輪が嵌っている。あれはビーズだ。

「うん、凄く綺麗に出来た。サイズもぴったりだし」
「そら良かったな」
「うん、シゲちゃんのおかげだよ」

ありがとうね、とその子はもう一度言って、待っていた友達の所へ走って行った。ほなな、と愛想良くシゲが手を振る。向きを変えて二人で家路へと足を進めた。

「今の子な、ビーズの指輪作りたいて本見ながら挑戦しとったんやけど。なんや自分じゃよう分からん言うて」
「ふーん」
「ちょう助けて言われたから、手伝ってあげたん。…俺が指輪作ってあの子にプレゼントしたわけやないで」
「いや、別に聞いてねぇけど」

手先が器用なこいつは手芸が特技の一つだと言う。編み物やら裁縫やらで、結構女子たちに頼られているらしい。その用件で女の子たちに囲まれているのも、いつも事だから別にどうと言う事もない。
ないのだけれど。

「指輪なんて重要なアイテム、たつぼん以外のやつにあげるわけないやん、このシゲちゃんが」
「いや、だから誰も聞いてねぇし」
「…ちょっと、気にならんかった?今の。指輪ありがとうねーって寄って来る女の子」
「別に」

そっけなく返した声に、シゲが、つれないぼんやな、と小さく唇を尖らせた。
お前が女子たちに人気があるのは知ってるし、楽しそうに話をしているのもよく見掛ける。それに一々ムカついていたら、気が休まる暇がないからしょうがない事だと諦めてはいる。

けど、シゲが言う様にさっきはほんの少しだけ反応してしまった。指輪なんて特別な人にしか贈らない物。そんな物を見せに来て、シゲに『ありがとう』と言った言葉に一瞬だけ。本当に一瞬だけ、動揺した。

「な、たつぼん。今度たつぼんに作ってあげるな、シゲちゃんお手製の指輪」

あっさりと気を取り直したらしいシゲが笑いながら言った。ビーズのやけど、と付け足す。

「は?いらねぇ」

即答。さっき、一瞬だけ動揺してしまったなんて考えてたのが分かったのか。そんな有り得ない事を思いながら。

「なんで?」
「なんでって、指輪なんて貰ってもしねぇし。しないもん貰ったって困るし」

俺は指輪は勿論、アクセサリーの類は一切しない。持ってもいない。そんな事はいつも一緒にいる、お前が一番良く知っているじゃないか。

「じゃあ、俺の作る指輪でアクセデビューてのはどう?ビーズ可愛いやん」
「可愛い、可愛くないの問題じゃなくって。しねぇから、そんなの俺」
「たつぼんならミルクティー色とかどやろ。うーん、そんな色のビーズはないか。なら青とかでも似合いそうやな」
「お前、人の話を聞いてねぇだろ」

オレンジだ、黄色だと一人で勝手に悩んでいるシゲに向って呆れた声で言うと、俺の右側を歩いていた金髪が前に回り込んで来た。必然的に歩みが止まる。

「…なんだよ」
「やって、ここに俺が作った指輪嵌めて欲しいんやもん」

ここ、とシゲが触れて来たのは俺の左手。肩から下げていたバッグの肩紐を握っていたその手の薬指だった。

「俺からのエンゲージリング、貰ろて」

近い距離から目を覗き込まれて、心臓がばくんと跳ねた。顔に熱が集まる。

だから、指輪とか貰ってもそんなのを付ける習慣はないし。付けないから貰ったって困るだけだし。それにエンゲージリングってなんなんだよ。飛躍し過ぎだろ、いきなりプロポーズかよ。そもそもエンゲージリングがビーズの指輪だなんて、安上がり過ぎじゃないか。何考えてるんだ、お前は。

色々と否定の言葉が頭を過ぎっていく。だけど目の前のシゲの邪気のない笑顔を見ていたら、貰った言葉と相俟って、ただ嬉しいだけで。こんな簡単に喜んでしまう単純な自分にムカつく。

だけど、シゲからなら何を貰っても嬉しいんだろうなと思うし。指輪なんて特別なアイテムなら、きっと尚更。
…付けるかどうかは、分からないけど。

そんな事を思っていたら、自分の口からぶっきらぼうな声が出ていた。でもその俺の言葉で、シゲの笑いが益々深い物になった。

「……ちゃんと指のサイズ測れよ」


終(2006/05/16)
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