暖かな場所

眠りからふと目を覚ます。目に映るのは暗い空間、ぼんやりとした意識に窮屈な体勢。
自分ではない人物の体温と呼吸。ごく近くにあるシゲの寝顔。

ああ、ここはシゲの部屋だ、と未だにはっきりとしない頭で思う。シゲがこちらの方にその長い腕を伸ばし、俺を抱き込む様にしてくーくーと寝息をたてている。男二人がくっ付いて眠るにはあまりにも狭い一組の蒲団。はっきり言って寝苦しい。けれど、その寝苦しさが心地良くってしっかりと重みが掛けられたシゲの腕を嬉しく思う。

暗い部屋の中、カーテンを通して入ってくる街灯の淡い光で、うっすらと浮かび上がるシゲの寝顔を至近距離で見つめる。薄く開けられた唇から洩れて来る規則的な寝息。無造作に広がっている金の髪。そして伏せられた瞳。

シゲの目は印象的だ。真っ直ぐに視線を定め意志がしっかりと宿っていそうな、一見きつい印象を抱かせる眼差し。見つめられると記憶にしっかりと残る。惹きつけられて止まないそれ。
その瞳が閉じられただけで、途端に鋭さが消える。ここにいるシゲは無防備で子供の部分を残していて幼ささえ感じさせる。

さっきはあんなに俺を好き勝手に翻弄していたくせに。思いっ切り揺さ振って熱を上げて、俺を追い詰めたくせに。
先ほどのこの世にお互いしか居ないかの様に求め合った激しい吐息を思い出して、顔が熱くなるのを感じた。

シゲがこんなに可愛い顔をして眠るなんて、こんな関係になるまで知らなかった。

少しぱさついた髪にそっと手を伸ばして触れた。自分の髪とはまるで違う感触の堅くて長い髪。
すっと通った鼻。形のいい唇。すっきりとした顎のライン。薄闇の中、見慣れている筈のそれらに見惚れている自分に気付く。
なんでこんなにいちいち整っているんだ。
…なんでこんなにこいつはかっこいいんだ。嫌味なほどに。こんなにかっこよくなければ女の子たちもお前にそれほど関心を向ける事もないだろうに、と心の中で溜息を付く。

元々の顔の良さに加えて、誰にでも愛想のいい明るいキャラクターを持っているもんだから、シゲは女の子たちからの受けがやたらといい。いつも女の子たちに囲まれている。
可愛らしい仕草で楽しそうに笑う女の子たち。彼女らに笑顔を向けるシゲ。そんな光景を目にする度に、黒い感情が胸の中に広がっていく。シゲは俺のなのに。俺のものなのに。シゲにそんな風に近付くな。俺以外のやつに笑い掛けるな。そんな事を思う自分が嫌で堪らない。でも思いは止まらない。

だけどあの子たちはこんなシゲを知らない。子供の様な顔で眠るシゲも、獣の様な目で貪るシゲも。
俺は甘い香りも柔らかな体も高い声も持ってはいない。でも俺は知っている。
シゲが俺を『好き』と言う時の声の甘さも、キスする時の唇の温かさも。腰に回す腕の力強さも、体を這い回す手の平の熱さも。
それは俺しか知らない。俺だけが知っている。あの子たちは知らない。
そう思うと誰にと言うわけでもなく優越感が込み上げて来る。俺しか知らないシゲが確かにいる。

数センチ離れていた距離をゼロにしたくて更にぴったりと身を寄せた。お互いに裸のままの俺たち。剥き出しの肌の感触が気持ち良い。シゲの肩口に顔を寄せれば微かに身じろいだ気配がする。起こした?と思ったけど静かな寝息はそのまま続けられて、シゲの眠りを妨げなかった事に安心する。

隙間もない程シゲに肌を寄せその体の温かさを堪能する。心地良さに浸る。
人の体ってこんなにも温かくて気持ちがいいんだ、と言う事を教えてくれたのはシゲだ。
シゲの温もりが直に感じられる、俺だけの場所。ここは絶対誰にも渡さない。目覚めた時に一番初めに目に入るのが、一番大切な人だなんて、こんなに嬉しい事はない。

俺のすぐ横でシゲが寝息をたてている。静かな規則的な呼吸。それを聞きながらゆっくりと目を閉じた。
シゲの寝息に自分の呼吸を合わせていると自然に意識がぼんやりとしてきた。
狭く窮屈な、でも世界で一番居心地のいい暖かな場所で、俺は再び幸せな眠りの中に入っていった。

終(2005/06/28)