青空の下で…
昼休み。桜上水中のてっぺん、屋上の給水塔の上。シゲと昼飯を摂った後、そこでのんびりと時間を過ごす。
何となく会話をしながら、堅いコンクリの上に寝転がるシゲと、その近くに腰を下ろす俺。頭上にはどこまでも果てし無く続いている青い空。昨日まではっきりとしない曇り空の日が多かったけど、今日は久し振りに天気のいい空が広がった。何も遮る物がなく見渡せるその眩しい青が目と心に清々しい。
会話がちょっと途切れた所で、なんや、眠くなってきたわ、とシゲが欠伸をしながら目を閉じる。
確かに天気はいいし、流れる風も心地良い。更に食後という事も重なって、眠たくなる条件は揃っている。気持ちは分かる。
でも。
「こら、シゲ、寝るなよ」
時計を見ると、昼休みが終わるまで後5分。そろそろ教室へ戻らなければならない時間だ。なのに、目を閉じたままのシゲからは、うーんだかなんだか不明瞭な返事が返ってくるばかり。
「こら、寝るなってば」
動こうとしないこいつの肩を掴んで、勢いよく揺らした。
「もう戻る時間だぞ。起きろ」
「うーん、めんどい…」
「めんどいじゃないだろ、起きろってば」
起き上がる気配がない所か、ぴったりと目を閉じたままのシゲ。このままでは本当に寝てしまいそうだ。
「あかん…。ほんまに眠い。午後さぼるわ」
眠いから授業をさぼるなんて行為に呆れながら、2、3度押し問答を繰り返してもシゲが折れる様子もないので説得を諦める。こいつに付き合っていたら自分も遅れてしまう。そんなのは御免だ。
「俺は戻るからな」
自分の弁当箱を持って、立ち上がろうとすると、薄目を開けてシゲが言った。
「えー、たつぼん。行ってまうの?」
「当たり前だろ。俺はさぼる気なんてねぇし」
「やってシゲちゃん、一人じゃ淋しいし」
「じゃあお前もさぼんないで教室戻ればいいだろ」
「それは嫌。眠い」
駄々っ子のような言い分に、お前なぁ、とわざとらしく溜め息を吐いてやった。何が一人で淋しいだ。お前の柄じゃないだろ。それにさぼるのに、人を巻き込むな。
「やって、こんな天気のいい日に教室の中に閉じ込められてんの、勿体ないやん」
確かに空は綺麗に晴れ渡った青。こんな日は内に居るより外に居る方が気持ちいいに決まってるけど。
でも、たつぼんと一緒に昼寝する方が、勉強するよりよっぽど有意義やん、と言う主張はどうかと思う。お前の言う有意義ってなんだ?
再び空を見上げると、眩しいばかりの青。ここでシゲと過ごすと言うのも心惹かれるけど、シゲと違って授業をさぼるなんて選択肢は簡単には沸いてこない。優等生と言われても、それが長年自分が身に付けて来たスタンスなんだからしょうがない。
「…とにかく、俺は戻るから」
じゃあな、と立ち上がると、えーと言うブーイングが聞こえた。それを無視して歩こうとすると、いきなり足元をすくわれてバランスを崩した。体が前のめりになり、倒れる、と目を閉じて身構えたけど続いてやって来る筈の激しい衝撃は感じなかった。コンクリの冷たさではなく柔らかい暖かさを感じて、目を開けば顔の直ぐ前に、にやっと笑うシゲの顔。倒れた体は上手い具合にこいつに抱き留められたらしい。
「シゲ、何すんだよ!危ないだろ!」
「えーやん。ちゃーんとこうやって受け留めたんやから」
シゲを下に敷いた体を離そうと起き上がろうとすると、ぎゅっと腕に力を込められ抱き締められて上手く身動きが取れない。じたばたともがいていても腕の力が緩む様子がないので、仕方なく自分の力を抜く。シゲの上に体重を乗せる形になってしまったので重いだろうけど、それは俺の知った事ではない。
「こら、離せ」
「いやや。なぁ、たつぼん、一緒にさぼろ」
「人を巻き込むな。さぼるんなら一人でさぼれ」
「たつぼんと一緒がええんやけどなー。こないに天気もいい事だし」
どういう理屈だ、それは、とシゲを見下ろしながら笑った。
自分もそうだけど、案外シゲも一度言い出したらきかない所がある。それと偶に。本当に偶になんだけど、盛大に俺に甘えて来る事がある。久し振りの天気のいい青空の下。その珍しい甘えのスイッチが入ってしまったんだろうか。お前が甘えても可愛くねぇと毒づきながらも、シゲに甘えられるのは実は全然嫌じゃなかったりする。だってこいつがそんな事をする相手は、俺だけだって分かってるから。
な、さぼろ、と目を細めて俺を見上げる笑顔に心は揺れながらも、あっさりとシゲの誘いに流されるのも相当悔しい。けど今ここで、教室に戻る意志もなくなっているのも事実で。
しょうがない、妥協してやる。
「…10分だけ、付き合ってやる」
もうそろそろ授業が始まる。不本意だけど遅れて行ってやる。
そう言うと、シゲが嬉しそうに表情を綻ばせた。
よし、じゃあその10分の間にたつぼんを寝かし付けよ、なんてふざけた事を言いながら俺の髪をその指で梳いた。
「午後は一緒にお昼寝しよな」
「ふざけんな、こんな所で昼寝して堪るか。10分だけだ、10分」
これ以上シゲの言い成りになんてなるものか。
そう思いながら、髪を梳かれる指先とシゲの体温が思いの外気持ち良くて、思わず目を閉じてしまった。果たして俺の10分後は…。
終(2007/04/23)