定期試験に向けて部活がない日の放課後。学校の玄関から空を見上げれば、厚い灰色の雲に覆われた空から激しく落ちて来ている大粒の雨。それらは結構な勢いで辺り一面を濡らしている。

通り過ぎた2−Aの下駄箱。 シゲの外靴はまだある、という事はまだ校内にいる筈だ。果たしてあいつは傘を持って来ているんだろうか。朝、登校時には雨は降っていなかった。行き当たりばったりを絵に描いた様なやつだから、そういう時、きっとあいつは傘を持っては来ない、と思う。
傘に入れてあげようか、とも一瞬思ったけれど、男同士一つ傘の下、相合傘と言うのもかなり寒い風景だ。別に俺がそこまで面倒を見る義務もない、と直ぐに考え直す。子供じゃないんだから自分の事くらい自分でなんとかしろ、と思いながら、何となくのろのろと傘を開こうとすると。

「あー、たつぼん、ちょっと待って」

俺をふざけた名前で呼ぶ唯一の人物の声が背中に掛かってきた。相手を確認するまでもない、今、心に描いていたやつ。

「良かったー、まだ居てくれて。2−Bの教室覗いて来たんやけどもう居なかったから。あわてて追い掛けてきたんやで」

間に合ったー、と息を切らせながら笑顔を見せるシゲの金髪が揺れる。

「何慌ててんだよ、お前。そんなに」
「たーつぼん、傘に入れてってー。俺、傘持ってきてないねん」

やっぱりな、と予想通りのこいつの行動に心の中でこっそり笑う。
小首を傾けても可愛らしくはならないぞ、シゲ。

「…お前を入れてったら狭い。俺の肩が濡れるだろ」
「や、そんな事言わんで。お願いします、竜也さん」
「今度、ミルクティー奢るか?」
「ミルクティーでも何でも。…予算150円以内なら」

少ない予算だな、と笑うと、いつのまにか俺の手から取り上げた傘をシゲがポンと広げる。最初っから傘には入れてあげるつもりだったけど、なんでこいつが傘を持つ事になっているんだ。そう思いながら、シゲが広げた傘の下、空けている右側の空間に滑り込んだ。

一歩外に出るとたちまち大きな雨粒が傘をしたたかに打ち付ける音がする。シゲと相合傘で歩いてる、とは思ったけれど、そんな事は寒いから口にはしない。

「ひゃー、凄い雨やなぁ」

外は土砂降り。スニーカーとズボンの裾を濡らす雫が気持ち悪い。

「お前、天気予報くらい見てこいよ。今日、降水確率80%だぞ。なんでこんな日に傘持って来ないんだよ」
「やって寺出る時、降ってなかったんやもん。俺、天気予報なんて見ないし」

助かったわー、たつぼんと会えて、とシゲがにかっと音が付いていそうな笑顔を見える。いや見ろよ、それ位、と呆れながらも、ついつられて一緒に笑ってしまう様な笑い顔だ。

「そもそも俺、ちゃんとした傘持ってないねん」
「え?じゃあ、今まで雨の日にはどうしてたんだよ」
「寺にあるやつ適当に借りたり?」
「借りたりって、それって人のもんじゃねぇのかよ」
「そやけど、文句とか言われた事、一度もないで」

へらりと言い放つこいつを見て、不覚にも傘でも買ってやろうかなんて思ってしまった。安いやつだけど。
全く世話の焼けるやつだ。

雨の匂いに交じってシゲのヘアスタイリングの匂いがする。いつもは気がつかないそれに気付くのはいつもよりも二人の距離が近いからだ。二人の間の空間が狭いからだ。
こんなに近寄って道を歩く事なんて、滅多にないからだ。

気が付くと傘が俺の方に傾いていて、俺の肩は無傷だけど、シゲの左肩が結構濡れている。俺が濡れない様に、シゲがこちらに傘を傾けている。大雑把に見える様で、シゲは結構細かい気配りが出来るやつだったりする。これは俺の傘なんだから俺が濡れる必要もないのだけど、こいつ一人だけにこんな気配りをさるのも何だか癪だし、傘の柄を素早く押して、傘を少しだけ向こうに傾けてやった。

それに気がついたシゲがちょっと驚いた様にこちらを見たけど、直ぐに表情を綻ばせておおきに、と言った。別にお前が濡れてたのが可愛そうだったからじゃない。お前だけに気を使わせるのが気に食わなかっただけだ。そんな事を思いながら前を見たまま、別に、と素っ気無く返してやった。

雨足は弱まる気配を見せない。大きな雨粒はアスファルトに、傘に容赦なく降りしきる。 こんなに降ってちゃホームズと遊んでやる事も、ボールを蹴る事も出来やしない。恨めし気に灰色の空を見上げた。

「あーあ、雨ってやだな。早く止んでくんねぇかな」
「そ?たつぼん、雨嫌い?」
「えー、だって鬱陶しいだろ。服とか濡れちゃうし…」

ひょいと左足を上げて、びしょ濡れになったズボンの裾を見せる。

「俺は結構好きやけどな、雨」

意外だな、とシゲの方を見遣る。この男が雨が好きだなんて柄じゃない。

「だって、こないな風にたつぼんと相合傘で帰れるやん」

なっ、と極近い位置から覗き込む様に笑顔を見せられて、心臓がどきんと跳ねる。だって笑顔が近い。いつも見る距離よりもずっと。

「相合傘って…、寒いぞ、シゲ、その言葉」
「やってほんとの事やもん。たつぼんと堂々とこんなに密着出来て、シゲちゃん幸せ」
「密着って、バカか、お前は」
「別に照れんでええから、たつぼん」
「誰が照れてる」

やっぱり極近い位置でシゲが楽しそうに笑っている。本当は俺も同じ事考えてたって、こいつにはお見通しなんだろうか。赤くなってる自分の頬を自覚しながら、そんな事を思った。
色々とムカツクやつだ。

雨の日は好きじゃない。ホームズと遊んでやる事も出来ないし、服は濡れるし、何たって鬱陶しい。
でもこいつとこんな風に、こんなに近い距離で堂々と歩けるんだから。偶には、悪くないかな、なんて思った事はこいつには内緒。


終(2005/08/23)
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