愛の病
「あいつ…どこフラフラしてんねん」
具合悪いんと違うんか。
青空がよく似合う白い家を見上げて焦れたように呟く。
水野が学校に来なくなって三日目の今日。シゲは水野の家の前まで来ていた。
お見舞い用にと買って来たたい焼きは自身の湯気で紙袋を濡らしている。病人にたい焼きが有効かはわからなかったが店から流れてくる優しい匂いに負けてしまった。
店先で見た時はきつね色のカリカリに焼けた生地がいいと思っていたのだけれど、水野の手に渡った時にはあの感触は消え去ってしまっているだろう。温度と一緒に。
柔らかくなった見舞いの品を片手に何度かインターフォンを押してみたが目的の人物は家におらず、それどころか無人の水野家が気掛かりでシゲはしばらくそこを動けないでいた。
「病院行ったんかも知れんしな」
『最悪の事態』なんて抽象的にすら想像もしていなかったけれど、口にして少し落ち着く。
「三日か…」
ひどいのだろうか。
門扉に凭れかかるように座り込み両手をポケットに突っ込む。
吹き付ける風に眉をしかめる。ここ最近急激に冷え込んできている。風邪の一つや二つ有り得ないことではないだろう。
ただ、それが水野であることが少し珍しかった。
「皆勤賞、パーやな」
「そこの不良、そんなとこで何やってんだ?」
見上げると三日ぶりに会うその人がそこに立っていた。
「たつぼんこそ何やっとんねん。病人は寝とけ」
「病人?誰が?」
「は…?」
言われてみて初めて、水野の顔以外を見た。
大きなスポーツバックを肩からかけている。まるで、旅行から帰ったばかりみたいな。
「どこ、行っとったん?」
「結婚式」
とりあえず中入るか、と腕を掴まれのろのろと立ち上がる。
提げていたたい焼きの袋がガサリと鳴った。
立ち上がるのと同時に水野の肩に凭れかかるように額を乗せた。
「っ…どうした?」
いつもなら騒いで突き飛ばすくらいのことはするだろう水野が、いつもと違う空気を感じて大人しくしている。
「なんやちょっとドキドキしてもうた」
「なんで?」
「風邪かなんかやと思うとったから…」
「心配で?」
「…まあそんなとこ」
ふふ、と風が動くのがわかる。
「なんやねん」
「可愛いとこあるじゃん」
「うっさい」
悔しさが零れてきて反撃する。腰に腕を回してやった。
「わっバカ…人に見られたらどうすんだよ」
「こんな時間に歩いとるんは噂好きなおばちゃんくらいやで」
「一番困る…」
ほんまやな、と笑うとつられて水野も笑いごとじゃねえよ、と笑う。
門扉の前で堂々と抱き合いながら、声だけはひそめて内緒話をするように言葉を交わす。
その特別な空気が安心感を誘った。
「これからサボり禁止な」
「サボりじゃない」
「はいはい、ただの休みも禁止。風邪もあかんで」
「年中サボりっぱなしみたいなお前に言われたくない」
「それでもあかんの」
あまりに理不尽な禁止令になんで、と納得のいかない声音で水野が尋ねる。
「俺が知らんとこでそこにおらんのはあかん」
合同体育の時の斜め後ろの茶色い髪とか、教室の入り口から見える授業の準備をしている横顔とか、廊下で擦れ違いざまに触れる視線とか、日常に当たり前にいる姿がないなんて。
「寂しいって言いたいのか」
額を乗せたままの水野の肩が揺れている。
「笑うな」
「だってお前もなんて思ってもみなかったから」
も、て何やろと笑われて不貞腐れた気持ちでぼんやりと考える。
「シゲがいないと俺だって寂しいよ。でもお前あっさりサボるし」
「………」
少しびっくりした。
水野が休むことなどほとんどなくて、そんな風に思ったことがなかった。
だからわからなかった。
一昨日からの自分のように、水野も自分の姿を探していたのだろうか。
今日ここへ訪ねて来てしまった自分のように、いてもたっても居られなくて屋上まで探しに来てくれていたのだろうか。
改めて『好き』と言われているようで、珍しくシゲは自分の頬が微かに熱いのを感じる。
水野に顔が見えなくてよかった。
でもこの熱は、首筋から伝わっているかもしれないけれど。
「てことで、シゲもサボり禁止な」
傷んだ毛先を指に絡めながら水野が言う。
「………善処します」
約束しろよ、と笑った水野がひどく男前に思えてちょっと、どうにかされたいと思ったことは、蹴りを食らうので秘密にしておこうと心に蓋をした。
「たぶんお前以外の部員は皆結婚式だったって知ってるぞ?」
後になって言われたことだが、水野が休む前日、シゲが悠々と遅れて部活に行った日。部員の前で三日間休むことは告げていたらしい(責任感の強いキャプテンだから当然と言えば当然なのだけど)
今冷静になって思い返してみれば、小島に水野は風邪かと尋ねた時には「え…?あ、…さあ?」と一瞬訝しげな表情をされた後、考えるように視線を彷徨わせてから首を振られたのだ。
あれは知っていて黙っていたのだろう。
風祭に聞いた時にも小島に邪魔された気がする。
「ハメられたんかな…」
きっといつもなら感じとれた違和感。
「恋は盲目ちゅーことやな」
「何か言ったか?」
結婚式で着たのだろうスーツをハンガーにかけていた水野が手を止めて問うてくる。
「たつぼん好きやでーて言うたんや」
顔を赤くした水野の手からスーツが、床に落ちた。
深海 美里さまのサイト『劇薬★APPLEPIE』で10000ヒットを踏んで書いて頂いたキリリク小説です。『たつぼんを好き過ぎて、切なくなる、または不安になるシゲ』と言う非常に乙女なリクを、こんなに素敵な作品にして頂いて感謝感激です!
たっちゃんの姿が見えなくて心配するシゲちゃんが、とても可愛いvいつもはふらふらと姿を消しそうなシゲちゃんですから、俺の気持ちが分かったか、と言うたっちゃんの声が聞こえてきそうです。もう二人共お互いの事が大好き、なのが伝わって来てほわほわ〜、とも、きゅーん、ともなってしまいました。
深海さま、こんな素敵なお話を書いて頂いて、ありがとうございました(2007/01/24)